紙と歴史のよもやま話-11「印刷術の発明と紙生産の機械化」

グーテンベルクの聖書
グーテンベルクの聖書

 現存する四十二行聖書は約五十冊。日本では慶応大学が上巻を所有しています。ところで全くの余談なのですが、グーテンベルクの聖書の写真を雑誌等で見る事がありますが、行数を数えてみると四十行しかない事があります。これには理由があって最初から四十二行を決めていたわけでは無く途中から四十二行にしたからなのです。四十二行にすれば全体のページ数を減らせるし、紙も節約でき印刷回数も減らせるという経済的メリットを計算したのです。
 印刷がどんなものか見たい人々、特にお金を出したフストが早く刷って見本を見せて欲しいと要求したので、取り敢えず四十行の版で印刷したのです。ですから全ページ四十二行で統一することは出来ませんでした。このことは組版を最初のページから順に行ったのではなく、幾つかの班に分け違う箇所から同時進行的に活字を組み印刷したことを伺わせます。
 印刷術の発明は世の中を大きく変えて行きます。需要は尽きることなく増え続け、紙の需要もますます大きくなります。数十年後ちょっとした発明がありました。イタリアでイタリック文字と呼ばれる書体を斜めにした活字(筆記体)が作られたのです。何が画期的かと言うと、可読性が良いので字を小さくすることが出来たのです。結果として本はとても小さくなりました。コストは安くなるし軽いので旅行に行く時も持って行けるようになったのです。それまでの本は大きく重くて持ち上げるだけでも一苦労。そのような事もあって印刷と出版はイタリアのヴェネチアが最も盛んになりました。それは製紙業も同様でした。

製紙業の近代化

 産業革命の時代まで紙は昔と同じ方法で作られていました。そしてようやく1719年フランスのレオミュールが木から紙が出来るという論文を発表しました。蜂の観察から思い付いたと言われています。しかし彼は論文の発表だけで実用化しませんでした。百年後の1840年になってドイツ人ケラーが木材パルプの開発に成功しました。そして1844年に木をすり潰すグラインダーを発明し実用化に成功、大量生産が可能となりました。
 抄紙機の開発は1798年にフランスのロベールが機械式紙生産の特許を取得したところから始まります。どんな機械だったと言うと家庭のお風呂くらいの桶の上にエンドレスに回転する簾を置き、紙料を回転ファンによって汲み上げザブザブと掛ける仕組みでした。
 ロベールは製紙会社に勤めていましたが社長のディドーが給料もボーナスも大幅に増やすと言うので抄紙機の特許を譲り渡しました。
 ディドーは一儲けしようと思い義弟のガンブルと言う男とともにイギリスに行きました。ガンブルはドンキンという人物と改良を進め更に新しい特許も取りました。

フランスで発明、イギリスで実用化

 1804年頃フォードリニアと言う人が特許を買い取り実用化を始めました。それで長網抄紙機の事をフォードリニアマシンと呼ぶようになります。この辺りの詳しい経緯は学説によって微妙に違いがあり、例えばガンブルはディドーの持っていた設計図を盗みイギリスに行ったとか諸説あります。要するに1800年前後にフランス人のロベールが発明し、イギリス人のフォードリニアが実用化したという事です。また1809年には丸網抄紙機が開発されました。因みに1840年頃のイギリスではが200台くらいの抄紙機が動いていました。もちろんドイツでもアメリカでも 抄紙機は広く普及します。初期の抄紙機でも生産性は十倍以上あったと言われています。
抄紙機の開発と木材パルプの発明による大量生産が1800年代の中頃から始まったわけです。では紙が出来る前、人は何に字を書いていたのでしょうか。木簡、竹簡、パピルス、パーチメント・・・・話は突然3300年前に遡ります。