紙らぼ へようこそ!

紙の商社シオザワ(4030)が、

紙の美しさ、奥深さ、親しみやすさなど、

紙のあんなことこんなことをお伝えしています。


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ロウ引き加工『透けて魅せます』

 日が暮れるのも早くなり、街にはイルミネーションが輝き始め、クリスマスツリーが並びだすと、クリスマスムードが一気に湧いてきます。2017年もあと少し。
年末の慌ただしさの前に少しだけドタバタと始まる恒例の仕事が「クリスマスカード」。
 デザイナーやデザイン会社では、その出来が自社の宣伝代わりになることもあり、様々なアイデアを出し合って作成しています。
 カード用紙には、クリスマスカラーの赤や緑が選ばれたり、金銀キラキラしているアルミ蒸着紙だったり、パール調の用紙なども選ばれます。使用する用紙の量がそれほど多くないこともあり、普段は使われない高価な用紙も採用されますので、紙屋さんとしては色々な用紙を提案したくなります。
 また、デザインのみならず製作上でも、金箔押し印刷や毛羽立つフロッキー加工、型抜きやエンボスなど、印刷や加工にも力が入ります。
まさに、思考(紙工)を凝らした作品を作り上げるのです。

さてさて、そんな普段とはちょっと違うクリスマス。キャンドルに火をともし、恋人や家族と過ごす方も多いのではないでしょうか。目に映るキャンドルの灯りが、温かだったり神秘的だったり……。日常と違った雰囲気を感じるのもこの季節特有なのかもしれません。

ということで、クリスマスキャンドルを思い浮かべたら、なんとそこから“ロウ引き加工”を連想してしまった私。紙屋の性(さが)なんでしょうか……(苦笑)。
ま、折角なので、今回はクリスマスキャンドルにちなんで(?)、ロウソクのロウを利用した加工、“ロウ引き加工”をご紹介したいと思います。

  

ロウ引き加工とは溶かしたロウを紙全体に染み込ませることで、

 

①    しっとりした質感に加え、

 

②    色に深みが出て、

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オリジナル「畳」をつくってみよう?!

 

「タトウ」……みなさんはこの言葉をご存知でしょうか? あまり耳にしない言葉かも知れません。
「タトウ」を漢字で書くと「畳」と書きます。
今日はこの畳。「たたみ」の方ではな「タトウ」の方について“耳より情報”をお伝えいたします。

この「タトウ」、皆さん一度は手にしていることと思います。
コレです!

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富士山を望む3工場、見学レポート! (東京製紙・富士共和製紙・サンフジ)

 

朝夕冷え込み、日に日に秋が深まる11月。
去る15・16日の二日間で静岡県にある東京製紙株式会社・富士共和製紙株式会社・株式会社サンフジ(富士共和製紙関連会社)の3工場を見学する機会がありましたので、今日はその時の模様をレポートいたします。

■東京製紙株式会社

初日はまず東京製紙株式会社様の工場からスタートしました。
東京製紙様は富士宮市にあり、板紙の製造・コップ原紙及び印刷等の2次加工を手掛けるメーカーです。今回は丸網多筒抄紙機とウェットラミネーターを中心に見せて頂きました。
丸網式とは抄槽の中で丸網を回転させ、丸網上に生じた紙料層をフェルト上に吸い付けるもので、その丸網を多数並べたものが多筒抄紙機です。並べたそれぞれの紙料層を順次吸い付けることによって多層に抄き合せたものが板紙のベースになります。
次工程では2本のロールで紙中の水分を搾り取りドライヤーパート(熱ロールに紙を圧着乾燥させる)・キャレンダー(紙ムケ・ケバ立ちを防ぐため紙の表面に澱粉等を塗り平滑・光沢を出すパート)を通ったのちに巻き取られます。
次にウェットラミネーターです。何を作る機械かというと、化粧品のパッケージやカードなどで見かけるキラキラと輝く“アレ”です。先程の抄紙機で作られた原紙とアルミフィルムを貼り付け、グラビアで着色し、種類によってはエンボスをかけて巻き取り、断裁まで施すことができる機械です。
ここでは実際に銀色の紙に自分で着色して金色を作り、表面にエンボスをかけることを体験することが出来ました。
東京製紙様は紙単体は1割程度で、2次加工等を施した高付加価値商品が主力とのことです。
また紙コップ等のコップ原紙、ヨーグルトなどを入れるために耐酸性を持たせた商品、牛乳やお酒のパック等も得意分野とのことです。

 

■富士共和製紙株式会社

翌日は富士共和製紙様と関連会社サンフジ様を見学しました。
富士共和製紙様は富士市に位置し、丸網多筒式の抄紙機3台を保有し多品種小ロットに対応している製紙会社です。
抄紙機の話しはすでに上の項で触れましたので省きますが、ここではキャストコーターを見せて頂きました。他のメーカーでは見る機会がありませんが、こちらではちょうどキャスト仕上げをしているタイミングでしたので、目の前で見ることが出来ました。
キャストコート紙とは用紙に塗料を塗布した後、キャストドラムで加熱乾燥させたものです。
またここでは、NBKP(針葉樹)・LBKP(広葉樹)・未晒しのUKP等のパルプシートを、実際に手にして破ったりすることによって、針葉樹と広葉樹の強度等の違いを体験することが出来ました。
原料の在庫場所にものすごく大量の折りヅルが置いてありました。不思議に思って「どうするんですか?」と訊いてみると、仙台の七夕祭りで使用した折りヅルを混抄して紙を作るとのことでした。
富士共和製紙様は混抄紙も手掛けていらっしゃるので、今までに紙に混ぜた実績のあるものを伺ったところ、ヤシパルプ/カカオを粉砕したもの/ビールの搾りカス/小豆の皮/ピーナッツの皮など多種にわたっており、驚いたのは回収された古い紙幣をシュレッダーしたものを混抄したこともあるとのことでした。
さまざまなものが混抄できますが、工程上水に浮いてしまうものは不可とのことでした。
また、多品種の製品の中でコースター用紙は順調に伸びている商品とのことです。

見学の中で驚いたのが、仕上がった紙を検品・梱包する作業が人力で行われていて、且つ全員が女性だったということ。それはもう見入ってしまうほど手際よく鮮やかな作業でした。仕事柄私も梱包経験は何度もあり、梱包の仕上り具合について目は肥えている方だと自負していますが、その私から見て、彼女たちの行う梱包の仕上がりの素晴らしさは特筆に値するものでした。
聞いたところによると、元々は自動包装機を保有していたのですが、多品種・多寸法にわたる商品構成のため、商品が変わるたびに機械の設定を変更するのに時間がかかってしまい、結果、途中から人力に変更したとのことです。その方が効率的なのだとか。

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2018年年賀状 タメになる”まめ知識”  年明けに出す年賀状には気を付けて! その②(2/2)

さて今日は「その②」となります。
年賀状を出す人にとっては、とっても大事なインフォメーションになりますので、注意深くお読みください!

■年賀はがきの料金

今年の6月1日から「はがき」の郵便料金が値上がりしました。52円から62円になったのです。一時期、ニュースや新聞で大きく報じられていましたので、ご存じの方も多いと思います。今、郵便局に通常の郵便はがきを買いにいくと「62円×枚数」の代金を支払うことになります。
――なのに、
すでに年賀はがきを買いに行かれた方。びっくりしませんでしたか? 1枚52円で購入できましたよね。「え?はがきは62円になったんじゃなかったの?」と驚いた方、いらっしゃったんじゃないですか。
そうなんです。「年賀はがき」に限っては今年は52円据え置きなんです。料金変更初年度ということで、年賀はがきに関しては日本郵便のうれしい気配りがあったんですね~。
   

……なのですが、要注意!!
ここに一つ罠が!

「えー、郵便料金の改定により、通常はがきの料金を52円から62円に変更いたしました。
なお、年賀はがきについては、12月15日から翌年1月7日までの間に限り、これまでと同様に52円で差し出すことができます」

……ということは、その期間外で、12月14日までに年賀はがきを出したり、1月8日以降に投函するとどうなるの?
結論は、ふつうのはがきと同じ扱いとなるため、「62円必要」=「10円切手をプラスしないと届かない」のです! 正確には、投函はできてしまうので、以下の対応が取られることになります。(年賀状の場合は「差出人の住所・名前が書かれている」ことが一般的ですので、その場合に絞ってお話しします)

 (A)郵便料金が不足していることを発見したのが「差出側の郵便局で、且つその郵便物を差し戻す先が

    当該郵便局の配達管内である場合」は差出人に郵便物が返送されます。

   (つまり、差出人が差額の切手を付加して出し直すことができます)
 (B)郵便料金が不足していることを発見したのが「差出側の郵便局だが、その郵便物を差し戻す先が

    当該郵便局の配達管内でない場合」は、届け先に郵便物が配達され、届け先(受取人)に差額10円

    が請求されます。
 (C)郵便料金が不足していることに差出側の郵便局が気付かず、届け先に郵便物が配達された場合は、

    届け先(受取人)に差額10円が請求されます。

つまり、企業の年賀状の場合は、年賀状に記載されている住所の管轄郵便局(郵便ポスト)に郵便はがきを出した場合で、且つその局で郵便料金不足を発見してくれた場合にのみ、当該はがきが手許に戻ってくることになります。それ以外は届け先に配達されてしまいます。
「通勤途中で自宅近くのポストに投函した」とか「本社の住所が記載されている年賀状を、別の場所にある営業所から出した」というのは、仮に差出側の郵便局が料金不足に気がついても、そのはがきは戻ってきません。

「はがきが戻ってこない」=「届け先(受取人)に差額10円が請求される」となりますので、年始から相手先様に失礼なことになってしまいます。。。。

「早く準備できたので12月14日前に出してしまおう」とか、年が明けて「あ、この人には年賀状出してなかった。。。今から出そう!と思って投函するのが1月8日以降になった」という場合には、本来”そのまま使えた”はがきが、一変して、”料金足らず”のはがきに突然変わってしまいますので、充分にお気をつけください。
特に今年の年始は、祝日明けの1月9日から仕事が本格始動という人も多いでしょうから、年明けに年賀状を出すときには「+10円切手」を貼って出すことを忘れずに!

ちなみに、10円切手は日本の国鳥「トキ」のデザインです。10円分として「エゾユキウサギ(2円)」+「シマリス(3円)」+「ニホンザル(5円)」を組み合わせるというのもかわいいですね。

【年賀状の郵便料金】詳しくはこちら
http://www.post.japanpost.jp/service/fee_change/nenga2018/

年賀状の歴史を知ると「遠くに住んでいる人」の消息をたずねてみたくなりませんか?
手紙ではなかなかタイミングもなく、出しづらいという方も、今年は年賀状で一言添えて送ってみてはいかがでしょうか。

   

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2018年年賀状 タメになる”まめ知識”  年明けに出す年賀状には気を付けて! その①(1/2)

今年も早いものでもう12月。クリスマスがやってくる~♪!
季節を先取りした商戦の影響もあって、11月に入ると街にはクリスマスムードが漂い始めますが、本番はこれからですね!
そして、クリスマスが終われば間髪入れずに、もういくつ寝るとお正月♪
こどもの時は冬休みにイベント続きで楽しかったな~。

――なのに、オトナになると、12月は「師走」と言う通り、バタバタとやることが盛りだくさん……。例えば、会社にお勤めの方ですと、年末年始のあいさつ回り。日頃からお世話になっている方や、新しく関係ができた方、久々にご挨拶する方など、色々な関係先に足を運んだり、宴会をしたり…と、することも増える時期ですよね。

同時に、この時期、「年賀状も書かなきゃ!」というプレッシャーを感じる方も多いのでは?
私の中では、クリスマス周辺の時期=「元旦に年賀状を届けるリミット」というスケジュールが染みついていて、クリスマス時期になると半分は年賀状でそわそわしたりします。

メールなどで簡易的に済ませるという方も増える中、ビジネスでは意外とまだまだ年賀状を継続されている方もたくさんいらっしゃるように感じます。会社のイメージをPRしたり、1年の変化をお伝えしたり、一言添えて1年の感謝を伝えたり。
見方を変えれば、デジタル社会になって”書状のやりとり”が少なくなっているからこそ、年賀状を送ることでPRになるのかもしれません。やはり、年賀状は届いたら絶対に見ますし、「お年玉くじ」がついていれば、保管して当選番号発表の時にもう1回見ますよね。なかなか当たらなくても、ワクワク探すのが楽しい。何だか心くすぐられますよね! 
さてそんな年賀状の「お年玉」制度。これって、いつからあるんでしょ? 

実は私、仕事としてお客様からの年賀状製作のご依頼がよくあります。本文の印刷は勿論のこと、宛名の印刷やデザインもお請けしています。ですので、もう11月になると毎日が年賀状。(笑) で、そんなに触れている年賀状なので、気がついたら年賀状にある程度詳しくなっていたり、思いがけず興味がわいたり……。ということで、今日は、年賀状のアレコレと気になることなど”まめ知識”を皆様にご紹介したいと思います。
  

■年賀状(日本郵便製)の「お年玉」

その始まりは、1949(昭和24)年。初めてお年玉くじ付き郵便はがきが発行されました。
発案はなんと郵便局員ではなく、実業家の林さん。ポスターや企画を自分で練り、持ち込んでプレゼンしたら、見事採用! なぜこんなことを? この時、日本は戦後新しく歩み始めた頃。「年賀状が戦前のように復活すれば、お互いの消息もわかり、うちひしがれた気分から立ち直るきっかけともなる」(『年賀状博物館』サイトより引用)と考え、“くじのお年玉をつけ、さらに寄付金を加えれば社会福祉にもなる”と思い立ったそう。自ら見本のはがきやポスターまで作って持ち込んだのだとか。この素晴らしいこころざし、行動力、見習いたいです!

ちなみに、初回のお年玉くじの賞品って何だったのでしょうか。
初回は、こんなものが賞品になっていました。
  特等:ミシン
  1等:純毛洋服地
  2等:学童用グローブ
  3等:学童用こうもり傘
特等のミシンと1等の洋服の生地が当たれば「洋服が作れる」。洋服を家庭で作ることは、当時の夢のひとつだったようです。こどもの賞品が続くのは、ベビーブームだったからとか。
1965年以降はポータブルテレビや8ミリ撮影機・映写機セットなどが賞品に並ふようになります。経済の成長や文化の変容を感じますね。

では、来年(2018年)もらえる賞品は?
  1等:セレクトギフト(12万円相当/1万点以上の商品・旅行・体験プラン等からの選択)

      又は現金10万円   
  2等:ふるさと小包など
  3等:お年玉切手シート
こんなラインナップです。現代の多様化が進む社会を反映しての「セレクトギフト」でしょうか。選ぶのも楽しそうですね。一方で「現金も可」というのはびっくり! ちなみに3等の「お年玉切手シート」は、第1回の時からあるのだとか。毎年集めている方も多いのでは?
さて、もっと詳しく年賀状ことが知りたい!と思った方、『年賀状博物館』というWebサイト(http://www.nengahaku.jp/)がありますので、アクセスしてみてください。

   

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フルオーダーのプレミアムスケッチブック『描きGoKoRo(かきごころ)』販売開始!

 

秋ですね~。秋と言えば食欲の秋、それと芸術の秋。そして、芸術といえば”絵図”ですよね。(って、独断ですが……)
最近、気軽に絵を描く人が増えてきました。(という気がしませんか?)
絵画教室に行く方もいれば、ちょっとひと休みの間に気晴らしにイラストを描いたり、また、旅の途中にさらっと風景をスケッチしてみたりと。
でもほとんどの方が使っているのは、既に出来上がっている市販のスケッチブック(芸人さんとかTV局のADがカンペで使っている黒とオレンジのアレです)で、何かもの足りないものを感じている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
例えば「表紙を見て”あ、私のだ!”とわかるようにしたいな~」とか、「違う種類の紙も欲しいな~。もう少し入っていればな~」なんて思っている方もいることでしょう。

そんな方々に朗報です!

私たちシオザワが、とっておきのスケッチブックをお届けいたします。
その名は「描きGoKoRo」(かきごころ)。
フルオーダー製で、素材のすべてを発注者ご自身がセレクトでき、しかも一冊から作れる「あなただけのプレミアムなMy book」です。
この秋から製作・販売を開始しました!

   

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オススメの「あぶらとり紙」 女子必見ですよ!

みなさーん!
(脂)ノってますかーーー!

男女を問わず、気候に関係なく、お肌のテカリは出るものです。そんなテカリの原因である皮脂。これを取るのによくお世話になるのが「あぶらとり紙」。

私はお化粧を直すときに必ずと言っていいほど使っています。皮脂が乗っかっていると上手く直せないんですよね。(あっ、誤解ないように申し上げておきますが、私は女子です!)
最近、手元のあぶらとり紙がなくなり、薬局で新しく買い換えたのですが、いざ化粧直しをば!と思いおニューのものを使ってみると、なんだかいつもと違う? 皮脂が取れすぎてしまって、ちょっとカサカサした仕上がりになってしまった…ということがありました。

そこで再び薬局に赴き良さそうなものを買って試してみると、すこぶる調子がいい! 使うあぶらとり紙によってこんなにも変わるのか!と感心しました。

この違いを是非とも皆様と共有したい!ということで、春夏秋冬、365日あぶらとり紙にお世話になっている私の、私による、皆様のための”おすすめのあぶらとり紙”を勝手にご紹介します!

今回は、商品名は伏せ、6つのあぶらとり紙とティッシュを実際に使ってみたその比較結果を、肌質別に「こんなタイプがオススメ!」という形で進めさせていただきます。
ちなみに実験は、母、姉、私の3人で行いました。
実は私達、このならび順で、乾燥肌、脂性肌、混合肌となんとまぁ綺麗に分かれていたんです(笑)
「紙:フィルム」の種類数はお店の品揃えの比率と同じ4:2で揃えてみました。
  

今回試した製品(いかがわしいものではありません!笑)
今回試した製品(いかがわしいものではありません!笑)

まず、薬局やコンビニなどでよく市販されているのは、大きく分けて3つの種類。紙タイプとフィルムタイプ、そしてティッシュです。
ティッシュも紙じゃん!と言いたいところですが、あぶらとり紙用に製品としてつくられているもの/そうではないもの、で分けてみました。

さぁ、ここで大きな違いとなるのが、吸収力。
吸収力の差としては
フィルム>ティッシュ>紙
だと思います。

フィルムタイプはプラスチックを原料とし、最近では皮脂だけでなく汗もグングン吸収してしまうほど吸収力のあるものも出ているようです。

ティッシュは今回、デリケートなお肌に優しい保湿ティッシュで実験してみました。
皮脂をオフしたあとそのまま鼻もかめちゃうのが良いところですよね! ――あれ?……ズボラがバレてしまうので大人しくします……。

そしてスタンダードな紙タイプ。この紙タイプの中にも種類があるんです。そこにはあぶらとり紙の歴史(ルーツ)が関わっていたなんて…、今回初めて知りました。それは後ほどご紹介します。

  

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中央区ビジネス交流フェア出展レポート「シオザワ《紙製品 三銃士》そろい踏み!」

先日、『中央区ビジネス交流フェア2017』に出展して参りました。今回はその時のことをレポートいたします。

このイベントは、中央区制施行70周年を記念して初めて開催されたものです。
開催概要は以下の通りです。

・日時:2017年11月8日(水) 午後2時から4時30分
・会場:日本橋プラザ 展示ホール/会議室 (日本橋2-3-4日本橋プラザビル3階)

 
中央区内を中心に事業を展開している中小企業が参加し、各社の取扱い製品、技術、サービスなどを展示して、B to B取引拡大の場として交流を図る目的で行われました。
参加企業は、印刷関連、食品製造及び販売、繊維・衣服などの製造販売、IT・情報関連サービスの提供、海外ウエディングのプロデュース、家事代行サービス、化粧品の販売など多岐にわたっており、約80社が集まっていました。
その中でも一番気合いの入っている構え(?)をしていたのが、何を隠そう弊社シオザワでした! うぬぼれかもしれませんが……(笑)
  

【さあ、準備スタート】


当日、準備開始予定時間より早目に会場へ到着したチーム「シオザワ」。展示ホールに向かうと、すでに主催者側で用意された長机と椅子がきれいに配置されていました。まだ早かったのかスタッフ以外他の出展者の姿はありません。。。(早く着き過ぎ?!)
早速、設営を開始!
まずは弊社オリジナルの美環ディスプレイ(廃材の出ないリユース型のシステムディスプレイ)で展示ブースを設営しました。
設営ができ、ライティングを終えると、ひと際目を引く舞台の完成です!

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紙はこうやって造る 【日本製紙(株)北海道工場白老事業所の紹介】

白老事業所の近くを流れる敷生川
白老事業所の近くを流れる敷生川

皆さん、こんにちは。
先日、日本製紙株式会社北海道工場白老事業所を見学する機会がありましたので、今回はその工場見学のことと、併せて紙の製造工程についてご紹介したいと思います。
このサイトは、紙の卸商が運営しているサイトですので、たまには紙の直球ネタ”製紙”のお話も良いかと……。

 東京も気がつけば紅葉の季節になりましたが、工場見学をした10月中旬の北の大地は既に里にも紅葉が降りてきていて、そろそろ秋も終わりかなという気候でした。
 日本製紙株式会社様(以下日本製紙)は道内に勇払・白老・旭川・釧路の4工場を擁しており、平成22年4月より勇払・白老・旭川の3工場を北海道工場として統合し、勇払事業所・白老事業所・旭川事業所とそれぞれ改称されました。
 今回訪問した白老事業所は、昭和34年6月大昭和製紙白老工場として創立。平成15年4月日本製紙と合併して日本製紙白老工場に改称し、平成22年4月からは日本製紙株式会社北海道工場白老事業所として、大型抄紙機3台と塗工機1台を保有し、印刷用紙の東日本の主力工場として今日に至っています。

 北海道の工場らしく、敷地面積は89万8,000坪(東京ドーム53個分)という広大な敷地を有し、チップからパルプ(LBKP)を製造(日産1,000トン)し、そこから出た黒液を発電4ボイラーの燃料として再利用し、自家発電比率99%(昼間)と環境にも優しい工場となっています。工場内には、関係会社の方を含めると500名の方が働いているとのことです。
 ちなみに、チップからパルプを製造するには歩留まりが50%ということですから、毎日2,000トンのチップを使っていることになります。その内の85%が輸入材で近くの室蘭港から、残りの15%は国内材で道内から搬入されていて、毎日約100台分の大型トラックが動いているそうです。

   

さてここからは、紙の製造工程について順に説明いたします。

■パルプ工程
紙の原料になるパルプは、木材チップ(木をチップ状に砕いたもの)から作られます。

 

①原料チップを蒸解釜(じょうかいがま)と呼ばれるお釜の中で薬品と一緒に蒸し、木材の中から繊維分(パルプ)と黒液(不要物:黒液はボイラーの燃料になります)を取り出します(この時点では繊維も木材色をしています。そのまま紙にすると茶封筒のような紙になります)。


②次に漂白をします。昔は塩素を使って漂白していましたが、公害問題などもあり、現在では酸素を使って漂白しています。ここで、やっと白いパルプになります。

 

■抄紙工程(しょうし:紙を抄くことを抄紙といいます。明治時代は製紙会社を抄紙会社とも呼んでいました)
紙を作る工程は、簡単に言うと水とパルプが混ざった原料を脱水・乾燥させていく工程です。


①ワイヤーパート(網で抄く工程)
パルプを水に溶かし(大量の水が必要になるので、製紙工場は川の近くに設置されています)ワイヤーでできた網の上に流していきます。ここで、ドロドロの原料からびちゃびちゃなシートになります。
白老事業所にある3台の抄紙機のうち、8号機は5,560mm幅、9号10号機は7,300mm幅もあります。

②プレスパート
びちゃびちゃのシートをローラーで挟み、圧力をかけて水を絞ります(戦後、三種の神器と呼ばれたころの洗濯機の脱水ローラーと同じ原理です。わからない方は昭和時代の博物館かネットで検索してね・・・)。ここで、濡れたシートになります。

③ドライパート
蒸気(黒液を燃やしたボイラーから供給されています)で熱したローラーの間に、濡れたシートを通し乾燥させます。やっと紙の原型ができました。
次に、インキや水が滲まないようにする薬品(サイズ剤)を塗布し、また乾燥させます。

④キャレンダーパート
紙の表面を均一にさせるため、つるつるな表面のローラー(キャレンダー)に通し、紙の表面を整えます。ここで紙になりました。

 

■ワインダー工程
7,300mmの原反(ジャンボロールとも呼びます)を指定の規格幅にカットします。
巻取り製品はこの工程で終了です。

■カッター工程
平判の製品は、ワインダー工程を経た巻取り製品から流れ方向にカットし、指定包装枚数で包装し終えたら、平版製品の完成です。

   

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紙の「流れ目」 知ってます?

「紙」
書いたり折ったり拭いたり。
紙って身近なもので、普段何気なく使っていますよね。

弊社シオザワでは、今年5月にお客様の若手社員の皆様を対象に、第7回ペーパースクールを開催いたしました。紙のいろはの「いろ…」辺りまではお伝えできたのではと思っています。
ありがたいことに、皆様からご好評をいただき、「またやってください」との声もいただいておりますので、そのご期待に少しでもお応えすべく、今回はそのペーパースクールの内容をちょこっと公開させていただきます!

本日お話するのは、紙の「流れ目」についてです。
流れ目?ナニソレ?
そう思った方もいらっしゃるのではないでしょうか。

皆さんがよくお使いになる筆記用紙、書籍用紙などの紙には、上の図のような2種類の「繊維の流れる方向」が見られます。
これを「流れ目」と言います。なぜそのような方向が出来るのか、簡単にご紹介いたします。

  

まずは最初に、ざ~っくり紙の製造(紙を製造することを抄造、又は抄紙と言います)方法から……

①    木を細かく砕いて木の繊維であるパルプ(つまりは繊維)を取り出す
②    パルプを水と一緒に平たく伸ばす
③    水分を抜き、乾かしたら出来上がり!

以上、なんとなくイメージが湧きましたでしょうか?
「流れ目」はこの抄紙段階で出来ます。
言葉だけですとなかなか分かりづらいので下の図をご用意しました。

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楽譜貼付用ブック『はる楽の~と』発売開始!

「はる楽の~と」にA4判の譜面を貼って、書き込みをしたもの
「はる楽の~と」にA4判の譜面を貼って、書き込みをしたもの

 

  • 譜面にもっと書き込みしたいんだけど…、余白があんまりないんだよね……。
  • 譜面台に載せた楽譜って、結構めくりにくいよね……。
  • 楽譜をクリアホルダーとかに入れているけど、出し入れでバラけちゃったりするよね……。

音楽と向き合っている方々からよく聞こえてくる声。
ちょっとしたことかもしれませんが、案外とそれが演奏に影響を及ぼしたりします。
そんな演奏家の声を、「あったらいいな!」を、カタチにしました!

 

それが『はる楽の~と』
譜面を貼る、書き込む、めくる。全てがスムーズ!

 

今回は、この秋から正式に販売を開始した弊社のオリジナル商品『はる楽の~と』をご紹介します!

  

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卓上カレンダーの横綱「パデカ」 この職人技を見よ!

 

弊社製品、卓上カレンダー「パデカ」。

9月22日の記事<卓上カレンダーの横綱!『パデカ』>で、すでに詳細をご紹介しましたが、今日はその丁合をしているところをご紹介します。

 

この動画、早回しではありませんよ! 
やっぱり、職人さんはすごい!

 

 

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シオザワ「剣道ノート」 開発秘話

 

去る9月18日、シオザワ剣道部は全日本実業団剣道大会に出場しました。
大企業に所属する学生時代からのスター選手を相手に少数精鋭(?)で挑みましたが、3回戦敗退と苦汁を飲む結果となりました。
そんなシオザワ剣道部ですが、実は剣道部が企画・製作した商品が存在します。
その名は「シオザワ剣道ノート」。現在剣道雑誌のホームページ特設サイトや、一部剣道具店などで販売しており、これが実は知る人ぞ知る噂のノートなんです!
今回は、部活動から派生し商品開発・販売までに至ったこの「剣道ノート」の開発秘話をご紹介します。
  

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「純白ロール」のウラ・オモテ

「純白ロール」と聞いて、皆さんは何を思い浮かべますか?

「おいしそうな、ふわふわの生クリームのロールケーキ!」
でしょうか?
ん~、食べたい!

では、同じことを紙屋さんに訊いてみてください。

なんと「あ~、あの紙ね」と答えが返ってくるのです。(アンビリーバボー!)

紙屋なら誰もが知っている紙「純白ロール」。
今日はこの美味しそうな紙(笑)をご紹介したいと思います。
  

純白ロールってどんな紙?

【特徴1】オモテ・ウラのちがい

ご家庭のプリンターでよく使う「普通紙」や、本や手帳に使われている紙は、表も裏も同じさらっとした質感ですよね。
でも、「純白ロール」は違うんです。オモテは「つるつる」、ウラは「ざらざら」。表裏で手触りの違う面白い紙なんです。

例えば、昔ながらの“日めくりカレンダー”にもこの紙が使われています。カレンダーが印刷されている面はつるつるで、ウラ面はざらざらしています。最近は見かけることが少なくなってしまいましたが、日めくりカレンダーを使ったことがある方ならわかるはずです。毎朝めくるのが楽しかったり、休みの前の日は「金赤」が透けて見えて嬉しかったり……。“モノ”としての手触りや質感、重なりの美しさを味わえるのは、紙ならではです。

「最近めくってないなあ…」と思っていたところ、先日こんなノートに出会いました。
その名も「日めくりノート」。純白ロールを用紙として使ったノートです。紙が薄いから、ページもたくさん。オモテとウラで質感がちがうので、書き味も違います。日めくりならではの「透け感」も楽しめます。いつもと違うノートにメモしていたら、なにか違うことがひらめきそう…?
気になる方はこちら。全国の文具店などで購入できます。http://www.365series.net/

  

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紙にもこんなに凄い技術が! 注目、ノーカーボン紙

 

ゴルフクラブを握ってまもなく10年になる私。未だにトップやダフり、シャンクなどが多く、「参ったな~」とラウンド中にぼやくことしきり……。なかなかスコアが安定しません。
いや~、ゴルフって難しいですね~。

ま、ぼやいてばかりもいられないので、少しでも上達したいとの思いから、近頃、練習場で或るアイデアグッズを使用しています。その名は「インパクトマーカー」(もしくは「ショットセンサー」)
この特殊なシールをクラブヘッドに貼ると、ボールが当たったところに痕跡が残り、ボールがクラブヘッドのどこに当たったのか一目でわかるのです。

写真は(恥ずかしながら)私が実際に打った痕跡です。
球の位置がバラついていますねぇ……。これじゃあ、いいスコアが出ないですよね。ある意味、納得……(涙)

  
それにしても、このシール、不思議ではありませんか?
見た目には普段使っているコピー用紙と変わりませんし、特に色が付いているわけでもないのに、ボールが当たったところだけに色が付くって……。

圧がかかったところに色が付く……。

これ、何だかカーボン紙みたいじゃありませんか?
筆圧で下の紙に文字が写るっていう、ご存知のあれです。いわゆる複写用紙です。

  

一昔前ですと、「複写」と言えば、黒や青の「カーボン紙」という特殊な用紙を、複写したい紙の上に置いて加圧して複写したり、また、その発展形として、上用紙の裏面にすでに黒や青のカーボンが塗布されている用紙(画像参照)を使って複写をしていました。(このカーボン塗布済みの複写用紙は今でもまだよく使われています)

で、これは一昔前の複写用紙のお話。
現在世の中に多く出回っているのは、更に進化した形。カーボンがなくても圧をかけると複写できる、その名も「ノーカーボン紙」。いわゆる感圧紙です。(カーボンがないからって、”ノーカーボン紙”と言ってしまうのも、ちょっと安直すぎるというか…、違和感ありますが…笑)

手許にノーカーボン紙がありましたので、ちょっとデモンストレーションしますね。
コピー用紙と同じように見える紙なのに、3枚重ねて一番上の紙に文字を書くと……。
あら不思議! 書いた文字や線が2枚目、3枚目にも写っています。

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424兆円の紙? MICR用紙のご紹介

 

1年間で424兆円。

いったいこれは何の金額でしょうか?

「35億!」なら知ってるって?
いえ、そっちじゃないんです。
「424兆円」となると日常感覚とはだいぶかけ離れた大きな金額で、ちょっとわかりませんよねぇ……。

これ実は、1年間に日本国内で行われた小切手振出・手形交換高(2016年)なのです。

日本には様々な形の支払方法がありまして、小切手や手形と呼ばれる有価証券を用いる支払方法もあります。小切手と手形は利便性や安全性に優れており、高額な支払が行われる企業間で使われることが多いです。
これらは最終的には銀行等に集められ、相互に銀行間で交換しあうのですが、金額ベースにすると年間424兆円にのぼるということです。
  

さて、これだけ金額の大きな話になると、悪用や詐欺等に利用されてしまうことがあります。

2002年に公開された「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」という映画では、レオナルド・ディカプリオが演じた主人公のフランク・W・アバグネイルは大胆不敵な詐欺師として描かれていましたが、実は実在の人物であり、作中と同じように小切手の偽造などの詐欺事件を繰り返し、5年間で40億円もの大金を不正に得ていました。(本作品では、主人公の好敵手がトム・ハンクスという豪華なキャスティングです!)
アメリカでは、アバグネイル氏が偽造小切手を銀行に持込んで換金を繰り返していたため、事件発覚後、本物の小切手の換金が一時困難になるほどの影響が出たそうです。

いや~、手形や小切手は市中に出回るだけに、もしそれが偽造となると影響が大きいですよね。社会が大混乱してしまいます。

と言うことで、それを防止するために、実は現在は小切手や手形にはある工夫が施されているのです。
現在、日本で流通する小切手や手形の大半は紙でできていますが、これ、ただの紙ではないんです。「MICR用紙」という特別な紙が使われているんです。(知ってました?)

MICRとは「磁気インク文字認識」(Magnetic Ink Character Recognition)の略で、鉄を含んだ磁気インクで印字された文字を読み取る技術であり、小切手・手形のほとんどすべてに使われています。
MICR技術を使うことにより、発行元が特定できるため偽造や不正利用の抑止につながり、また銀行間の小切手や手形の交換処理も迅速に行うことができるのです。

このようにMICRは、とても有効な技術なのですが、一方で、MICRで印刷するには、高度に品質管理された専用の紙「MICR用紙」であることが求められます。
機械が誤って認識してしまえば、小切手・手形の金額が違うなど重大なミスにつながってしまうため、この用紙は誤認識が起きないよう不純物を徹底的に除去し、また機械が読み取りやすいよう加工が施された高機能紙なのです。

年間424兆円のほとんどが、高機能な紙「MICR用紙」を使うことで成立しているなんて……。
紙を通じての「安全な社会への貢献」と言えるのかもしれませんね。
紙に関わる者として、ちょっぴり誇らしかったりして……。
  
  

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卓上カレンダーの横綱!『パデカ』

 

秋ですね~。

「秋」と聞くと、”個人”としては、
・そろそろ冬物の服を出しておかないと……
・年末年始の予定、どうしよっか?
なんて思ったりしませんか?

年末年始に何かしようと思うと、この時期からそれなりに準備をしておかないと、しっかりと実行できなかったりしますよね。

では”企業人”に置き換えるとどうでしょう?
企業人として、この時期に年末年始を見据えて何を考えますか?

・上期の数値目標の足りなかった分を、年末までにどうやって取り戻そうか?(営業マンの性です。。。涙)
・年末年始の挨拶回りで使う贈答品。今年はどうしようか?

ですよね~

と言うことで、
今回は、年末の挨拶回りの定番品である「カレンダー」のご紹介をいたします。

今回ご紹介するのは、弊社の製品、卓上カレンダー『パデカ』。

「な~んだ、卓上カレンダーか……」と思ったあなた。

ちょっと待って!
弊社の卓上カレンダーは違うんです。

何が違うかって、

何と、卓上カレンダーの横綱なんです!

押してよし、投げてよし、突っ張ってよし!
(って、すみません。。。これは力士のことでした。。。)

もとい、

置いてよし、書いてよし、見てよし!

一度でも手にとって使っていただければわかります。
その「違い」を実感していただけます。

紙屋が紙にこだわって作った「紙を極めたカレンダー」、
それが『パデカ』です。

  

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2017年上半期『芥川賞』・『直木賞』受賞作品の紙

 

書籍で使用されている用紙をご紹介する記事も、これが2回目。
前回の記事(『騎士団長殺し』の用紙/2017年上半期書籍に使用された紙 2017/08/04)が好評(?!)だったことを受けて、この度めでたくシリーズ化が決定!
その名も『知ってる? あの本の紙』シリーズ。
今後、不定期ながらも、ちょこちょこご紹介していきますね。よろしくお願いしま~す。

 

 

さてと、では本日の1冊目。

 

■村田沙耶香著『コンビニ人間』

 

先日、とある学校に伺ったところ、

「祝 村田沙耶香さん 芥川賞受賞」の横断幕がありました。

2016年上半期に『コンビニ人間』で受賞された村田沙耶香さんの出身校だったのですね。

ということで、私としてはご縁を感じてしまい、早速この本の用紙を調べてみました。

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水に強い!耐水紙 雨のゴルフで力を発揮!

今年の夏は雨が多かったですね 東京でも21日連続で雨が観測されたりと……。
ずーっと降りっぱなしで傘が手放せないというわけではないのですが、曇り空でどこからともなく雨雲が湧き出すという、すっかりおなじみの「ゲリラ雨」というパターンでした。

それにしても、最近の天気予報は精度が素晴らしい!
昔は”あてにならない代名詞”で、「お前の言っていることは天気予報みたいだな…」なんていう言葉を耳にしたものでした。「あてにならない」ことを揶揄して言っているわけですね。「天気予報=ネガティブイメージ」でした。
それが今では、「都心方面は15時頃からゲリラ雨の注意が必要ですが30分程で収まります」と言い切っちゃいますから。どうです、このピンポイントな言いようは。昔が”予測”なら、これぞ”予報”。これを可能にしてしまうスーパーコンピュータってすごいですね!(やはり世界一番を目指さないといけませんね!)

というわけで、懐に優しいのに名門コースでプレーができる夏ゴルフ! 
(突然の話題ワープですみません。。。雨ネタとからませます。冷汗)

ゴルフ好きの私は…、
勿論、やりました。
今年の夏は雨が多かったせいで―猛暑日よりはいいですが―クラブを拭いたり、カッパを着たりと、普段よりやることが増えて面倒くさく感じました。
スコアカードも雨に濡れてぐしょぐしょになったりと……。「ユポで作ったスコアカードだったらよかったのに……。そう言えば最近見なくなったなぁ」なんて思い出しましたよ。(某王子ホテル系のゴルフコースは使ってましたけどね。)

そんなこんなで、ここからが本題。
紙屋のサイトらしく、今日は「水濡れに強い紙(耐水紙)」をご紹介します。
雨のシーンで、屋外イベントで、災害現場で、プールで、お風呂で……。あれこれ想像してみてください。実は用途範囲は広いのです! 勿論、雨の日のゴルフでも力を発揮します。

  

【ユポ®】
以前このサイトでもご紹介しましたが選挙の投票用紙にも使われている、あれです(関連記事:「選挙の投票用紙」2017.07.07)。 
PP(ポリプロピレン)でできている合成紙で水に強く、雨に濡れてもへっちゃらです(もちろん鉛筆とも相性がいいです)。ちなみに、オフセット印刷にも相性が良いので選挙ポスターでもよく使われてますよ。
来たる選挙では、是非気にしてみてくださいね。
詳しくはユポ・コーポレーションのサイトでご確認ください。

【シナップス】
これもこのサイトで以前ご紹介しています。(関連記事:「オンデマンド印刷機をお持ちの方へ、耳より情報! 合成紙シナップス」2017.05.17
こちらはPET(ポリエステル)でできている合成紙です。高温になるオンデマンド印刷機でも対応できるのが特徴です。
スコアカードでは見たことがありませんが、オンデマンド印刷に対応しているので、お客様の名前を前もって印刷しておいたり、パーソナルな情報を事前に印刷できるので、アイデア次第でいろいろな使い方が出来ますね!

【オーパー(OPER)】
こちらは紙にポリオレフィレン系樹脂で紙をはさんだ三層構造をしている紙です。
オフセット印刷専用です。コピー機やレーザープリンターなどのオンデマンド印刷には適しませんのでご注意ください。
詳しくは日本製紙パピリア(株)サイトでご確認ください。

【OKレインガード】
ベース紙の両面に撥水加工を施している紙です。オフセット印刷はもちろん、レーザープリンターなどトナー使用のオンデマンド印刷にも対応しています。
(※撥水:水を弾く加工のこと。水が玉になり表面をコロコロ転がり落ちます)
詳しくは王子エフテックス(株) のサイトでご確認ください。

【耐水耐油紙ポエムS】
耐水耐油加工を施した機能紙です。オフセット印刷(UV印刷推奨)はもちろん、カラーレーザープリンターなどのオンデマンド印刷にも対応しています。
詳しくは北越紀州製紙(株)サイトでご確認ください。

こうしてみると、結構色々な耐水紙がありますね~。(これで全てを網羅しているわけではありません)
同じ耐水性のある紙でも使用用途や条件などによって、使える紙が変わってきますので簿注意ください。勿論ご相談いただければ、私どもでより最適な用紙をご提案いたします。
どうぞ、お気軽にお問い合わせください。

  

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オンデマンド印刷機でゼッケンが作れる!「レーザーサテン」登場

「レーザーサテン」で作ったゼッケン
「レーザーサテン」で作ったゼッケン

2020年の東京オリンピックまであと3年を切り、皆さんの身の周りでもオリンピックを意識したスポーツイベントが行われていることかと思います。今回はそんなスポーツイベントで“イイ仕事”をしそうな機能紙をご紹介致します。
その名は「レーザーサテン」。(ダイオーポスタルケミカル㈱製)
商品規格はA4とA3サイズで、100枚単位にてご案内可能です。


“サテン”というと紙屋さんは「サテン金藤」というダルアート紙をイメージしてしまいますが、この「レーザーサテン」はなんと本物のサテン繊維にカラーレーザープリンターで印刷が出来るというすぐれ物のタック紙で、オンデマンドで簡単にステッカーやワッペンが作れてしまうのです! サテン特有の光沢があり、紙というよりは本当に布生地という感じの商品です。

 

製品の特徴


通常のタックシールは衣服への粘着性が弱く、汗をかくとすぐ剥がれてしまい、とてもゼッケンや名札には使えませんでした。しかし、この「レーザーサテン」の粘着材は、繊維用糊を使用しているので、衣服に貼っても剥がれにくく追随性があり、活動的な場面での使用にも適しています。
今まで、ゼッケン用紙というと「シータス」を使う事が多かったのですが、「シータス」はタック品ではないので安全ピンなどで留めなくてはなりませんでした。
先日、お客様から「空手の道着に付ける名札として使用するもので、何かいいものはないか?」とのご相談があり、さすがに安全ピンで道着に付けるのは危険な為、シータス以外で何か良い商品は無いかと思案していたところ、ちょうど良いタイミングでこちらの商品が発売されたのでした。

 

活用シーン


主な用途事例としては、
・マラソン用のゼッケン
・空手・柔道の道着やその他競技ユニフォームに貼る名札シール
・食品工場や精密機器工場での工場見学等のビジター用ワッペン
・イベント運営のスタッフジャンパーの印刷代わり
などなど、
意外と色々使えそうです!

 

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神社仏閣 紙の品々

9月。「まだまだ暑いな~」と汗をぬぐう日があるかと思うと、「今日は長袖を着ていこう」と涼しさを肌で感じる日もあったり……。
そんな日本の9月は、秋祭りがあちこちで催される月でもあります。
さて、秋祭りと言えば、何を連想しますか?

――そう神社・仏閣!

と言うことで、今日のテーマはずばり「神社・仏閣」。しかも『紙らぼ』の記事ですから、「神社仏閣で見られる紙素材の用品」にスポットを当ててみたいと思います。

まずは、紙のお話の前に神社とお寺の違いについて少し触れておきます。
こんなことをお訊きするとちょっと失礼かも知れないのですが……、
「皆様、神社とお寺の違いはご存知ですか?」

「さすがに知ってるよ~」との声が聞こえてきそうですが、ちょっとおさらいをしておきますね。
大雑把に言えば、神道であり神様を祀り祭事を行うのが神社。仏像が安置され、仏教を説く施設がお寺。
参拝の仕方にも違いがありますね。
神社→お賽銭を入れ鈴を1〜3回カラカラ。二礼二拍手一礼。柏手のあとにお祈りで、最後にまた一礼です。「あれ?何回礼をするんだっけ?」と、ちょっと迷ったりしませんか?(笑)
お寺→お賽銭をいれ、両手を合わせてお祈り。時々見かけますが、柏手(かしわで)は絶対NGですからね!パンパンしちゃダメ!
これを押さえておけばひとまずOKでしょう。

さて、いよいよ本題の「神社仏閣で見られる紙素材の用品」のお話に入りますね。
私の思うままに紹介しますが、お許しください。

 

ひとつめは、「紙垂」


これは”しで”と読みまして、鳥居にかかっているこれ

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災害時のバッテリー、えっ? 紙製なの?!

協和エクシオさんの社屋内に置かれていたものを許可をいただいて撮影
協和エクシオさんの社屋内に置かれていたものを許可をいただいて撮影

「9月1日」と言えば……、

防災の日。

この日に避難訓練を行う学校や企業が多いと聞きます。
94年前の1923年9月1日。関東大震災が起きました。
それにちなんで1960年に内閣の閣議了解により制定されたのがこの「防災の日」です。

震災というと今では「3.11」のイメージが強烈ですが、のみならず、とにかく日本は自然災害が多い(>_<)
国土面積を考えると、この自然災害の多さは、悲しいかな日本の特徴のひとつと言っていいでしょう。

さて、そんな自然災害大国・日本。
実際に災害が起きたら何が必要となるでしょうか?
水、食料は勿論ですが、現代社会に生きる私たちにとっては「電源の確保」も重要事項のひとつです。
電源があって通信環境があれば、災害の現場として様々な対応が取れるのです。

そんな災害現場を想定して開発されたのが、協和エクシオさんの「可搬型バックアップ電源システム【サバイバル電源】」。
どこへでも持っていけるハイスペック電源で、LTE/Wi-Fi/有線インターネットの接続にも対応しているという高機能なバッテリーです。(詳しくは、協和エクシオさんのサイトを御覧ください) 

 

さて…、とここまで書いてきて、
「ちょっとちょっと、紙とどう関係してるのよ?」
との声が聞こえてきそうですが……、

してるんです!
実は!

上に掲載した画像の『サバイバル電源』。
わかります?
これ、実は紙でできているんです。
実機と同じ寸法で製作し、実機の画像を全面に印刷してあります。

 

元は1パーツで、こんな状態です。

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紙屋さんの秘密道具たち「紙の厚さ」編

”紙”というと、小さいころから馴染みがあって、「生活のいたるところに在る」イメージですが、”紙屋”というと、「…あれ?知らない。見たことない!」という方がほとんどではないでしょうか?

■「紙屋さん」ってどんな仕事をしてるの?

紙屋に入社して早3年ちょっと。(”新人”をちょっぴり抜けた感じ??)
その間に「紙屋の仕事ってこんなことをするんだ!」という驚きがたくさんありました。かなりニッチなお話ですが、面白がって聞いていただけたら幸いです!
「紙屋さん」と言ってもいろいろなお仕事がありますが、今回は弊社シオザワのお仕事の中の一部をご紹介します。


シオザワの「紙屋さん」のお仕事は、ものすごくシンプルにまとめると、
 ①印刷屋さんや紙を使うお客様からご注文をいただく
 ②紙を仕入れてお届けする
この2つ。
特に、①の「ご注文をいただく」という過程がポイントで、ここで「紙屋」の知識が発揮されます。
ご注文をいただく前に、「こんな紙ってある?」、「銘柄はわからないけど、これと同じ紙がほしい」、「この紙みたいな紙ってない?」、こんなご相談がお客様から寄せられます。
それにお応えするのが、紙屋の仕事。いろんな質問に答えるため、いろんな「秘密道具」を使って「紙調べ」をするのです。

 

■「紙調べ」

たとえばこんな質問がお客様から……
「この紙ってなんていう紙?」
そう言われてお客様から手渡される銘柄不明の紙片!
いただいた紙を頼りに、どのメーカーのどの紙か?を推理していきます。(この「紙調べ」をして、やっとお見積り依頼やご注文をいただけるのです!)
どの紙かを推理するにあたって、どんな要素を調べていくかというと、
 ①紙の厚さは?
 ②紙の色は?(白い紙の場合、紙の白さは?)
 ③紙の模様は?地合いは?
 ④紙の加工(塗工)は?
などなど、いろんなポイントがあります。

 

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創業80周年!

おかげさまで、この8月をもって株式会社シオザワは創業80周年を迎えることとなりました。
これもひとえに皆様のご支援ご厚情の賜物と深く感謝いたします。
今後とも倍旧のご支援ご指導を賜りますようお願い申し上げます。

紙屋としてスタートして80年。
今では紙の卸売りは勿論のこと、企画制作事業や、機密文書の管理・リサイクル事業、内職などなど幅広く事業を展開するようになりました。

考えてみますと、これも「紙」という主軸の事業があったからこそなんです。
紙を印刷会社様に納品して、そのついで(?)にヤレ紙(損紙)を引き取るサービスを行っていたら、その延長線上で機密文書の処理・リサイクルを行うようになり……。
紙屋なものですから、紙の加工品についてお客様からご相談を受けるようになり、その延長線上で紙の加工品、印刷物、デザイン…、果てはイベントのアレンジ、それに関わる様々な製作物などなど…、気がついたら「企画マン」と呼ばれるようになり……。

今後益々弊社の業態は多様化していくことと思いますが、やはり「紙」がその中心軸であることには変わりがないと思います。

これからも紙屋として精進して参ることをまずはお誓い申し上げ、

一方で、

「何か紙屋っぽくないよね」と言われる”紙屋”でありたいと願い、新しいことにチャレンジし続けて参る所存です。

今後ともご愛顧の程、宜しくお願い申し上げます。

 

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紙製の鍋は燃えない?! ――ふぐ鍋に見る紙の神わざ

ちょっと間が空いてしまいましたが、

2017年の7月25日は何の日?

――土用の丑の日!

ウナギを食べた人も、食べなかった人も、「そもそも気にしてなかったよ」など様々な人がいたことと思います。

日本には昔から、土用の丑の日になるとウナギを食べる風習があります。
ウナギの旬は本来冬ですが、季節外れの夏でもウナギが売れるようにと、江戸時代の発明家として知られる、平賀源内がキャッチコピーとして「土用の丑の日にはウナギを食べる」と広めたところ、現在までに続くようになったと一説では言われています。


さて、7月25日(※暦に従うので毎年違います)は土用の丑の日でしたが、他にも食べ物にちなんだ日があります。
例えば2月9日。さて、何の日でしょうか?

数字の語呂合わせで2(に)、9(く)で、肉の日を想像したかもしれませんが、実は2月9日は「フグの日」なんです。(ちなみに、11月29日が「いい肉の日」として認知されていますね)

フグで有名な山口県下関では、「フグ」の読み方を、縁起が良いようにと「ふく」(福)と呼んでおり、下関ふく連盟が、2月9日が2(ふ)、9(く)と読めるとこから、この日を「ふくの日」として制定しました。

さて、たまたまこの前とあるフグ料理屋さんに行く機会がありました。
その時、ふぐの鍋(てっちり)を頼んだのですが、普通の鉄製ではなく鍋が紙製で、長時間煮ていてもまったく問題なく使えていることに驚きました。

しかし、よく考えると不思議です。

紙は水と火に弱く、火にかければメラメラ燃えますし、水につければ濡れて使えなくなります。
「なのに何で?!」

こうした疑問から調べていくと、「紙の鍋だからこそ」といった理由がみつかりました。
大阪・梅田にあるフグ料理専門店「梅田ふぐ乃介」さんによると、利点として3つあげていました。

 ①紙の繊維がアクをとり、食べている最中でもアクを取らなくて済む
 ②紙なので処分が楽で、使い捨てで衛生的
 ③見た目がよく食欲が上がる

こうした利点は従来の鍋にはない利点です。
「梅田梅田ふぐ乃介」さんのサイトでは、更に詳しい解説が載っていますので、ご興味のある方はコチラまで → https://ameblo.jp/umeda-fugunosuke/entry-12201297196.html >


近年、人口減少やペーパーレス化など様々な変化の中で紙の消費量が減り、紙業界にとっては厳しい状況が続いています。その一方で、高機能で、新たな付加価値を持った紙の開発や製品化が進み、紙の新しい可能性が広がっているのも事実です。
紙鍋のように、紙の特性を活かした紙製品は、今後も次々に生まれていくことと思います。

これからも、日常生活にある一風変わった紙製品や、高機能な紙製品を見かけましたら、また皆様にご紹介したいと思います。

 

 

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封筒こぼれ話、必見です!

 日頃何気なく使っている封筒。誰もが封筒の“役割”はわかっているのですが、封筒“それ自体”のことをどの程度知っているのでしょうか? 
 私は仕事柄、封入作業をしたりDMを送ったりと、封筒に触れる機会が多く、私にとっては封筒が身近な存在で、まるで友達のような感じになっています。(って、ちょっと大袈裟ですね)
なのに…、なのにですよ。そんな私ですらも実際のところ“封筒自体”のことをよくわかっていません。

 と言うことで、今回は私たちに馴染みの深い「封筒」にスポットを当て、基礎知識から「へぇ~そうなんだ~」、「そんなの知らなかったよ」というハイレベル?なこぼれ話までを紹介したいと思います。マニア必見ですよ。

 日本の封筒の歴史はそこそこ長くて、始まりは1830年頃、江戸時代後期の天保の年に使われ始めたと言われています。紙の誕生よりは新しいけれど、もう180年位経つことになります。
それまでの手紙というと、外側に巻紙を付けてバラバラにならないようにして輸送していたそうです。もしかしたら、某運送会社のマークでお馴染の飛脚くんが運んでいたかもしれませんね。

まずは、封筒の種類について


 大きく分けて長形・角形・洋形・保存袋のような袋形の四種類があります。
私たちが普段最も多く使っているのは、長形の長3(A4を三ッ折にして入れるもの)と角形の角2(A4を折らないでそのまま入れるもの)で、「和封筒」と言っています。
和封筒は、長方形の短辺が封入口となっていて縦型。洋封筒も長方形ですが封入口が長辺側にあり、こちらは横型と言えます。
どっちが長3でどっちが角2かわからない方、ここで覚えてしまいましょう!(笑)

それでは、こぼれ話のスタートです。

最初は初級編、紙の目のはなし。


「封筒の流れ目方向は決まっている!」これ知っていました?
封筒を縦長に置いた時に上下方向、つまり天地に必ず紙の目が流れています。
どんな紙も必ず流れ目方向があるんです(合成紙のような例外はありますが)。業界用語でT目(縦目(たてめ))とかY目(横目(よこめ))と言っています。そう、肉と同じですよ。肉にも切りやすい方向と切りづらい方向があるのと同じで、紙をつくる時に繊維を同じ方向に揃えるのです。判別方法があって、簡単なのは紙を縦、横に軽めに折ってみるとわかります。折れやすい側が、その方向に目が流れているということです。折れにくく反発するのが逆目となります。それでもわからなければ、最終手段で破いてください。もっとよくわかります。(もったいないですけど…)
 ちょっと話が逸れましたが、紙の流れ目を天地方向にするには訳があるのです。ピシッとした感じのある丈夫な封筒を作るためで、底を破れにくくして中身を守るためでもあるのです。この紙の目が逆だと腰が弱くて天地に引っ張られてしまって、シワの多いものになってしまいます。

 

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デジタル印刷機の仮想体験 Canon「Customer Experience Center Tokyo」見学レポート

見学会での配布資料
見学会での配布資料

 少し間が空いてしまいましたが、去る6月21日にキャノン「CEC Tokyo」を見学して参りましたので、そのレポートさせていただきます。

「Customer Experience Center Tokyo (CEC Tokyo)」は、2017年4月にキヤノン株式会社本社の敷地内にオープンされました。
このCEC Tokyoの特徴は、「実際の印刷機を用いた、データ校正、メディア検証、デモンストレーション、トレーニングを通じて、印刷ビジネスの課題解決を“仮想体験”する場」としてオープンしたことで、単に「印刷会社の現状の設備環境にデジタル印刷機を増設した時のワークフローのシミュレーション」に留まっていないところです。
 この施設はフェンロー(オランダ)、ポーイング(ドイツ)、ボカラトン(アメリカ)に次いで世界全体で4か所目の施設で、アジア地区の拠点施設となります。

当日頂戴した出力見本
当日頂戴した出力見本

いざ、CEC Tokyo へ!

 見学会当日(6月21日)、東京は台風並みの雨と風の天候でした。 下丸子駅から歩くこと約10分、全身びしょびしょの状態でキヤノン㈱本社に到着。正門をくぐり受付を済ませ、いざCEC Tokyoの中へ。
 オープンして2カ月の施設内には、大小さまざまな印刷機が並んでいます。大雨の外とは対照的に、温度・湿度管理の行き届いている室内は快適そのものでした。
 そんな施設内を、説明会が始まる前に自由に見学させて頂き、「インクジェット印刷機なのに、A2コートの小巻のロール紙……インクジェット印刷専用紙かな?」とか「連続帳票の印刷の依頼は受けて納品したことはあるけど、実際の印刷機は初めて見た!」などと思っていると……、
 係の方からお声が掛かり、果たして説明会がスタートしました。
係の方のお話では、

  • このCEC Tokyoは世界と繋がり、インクジェット印刷の分野で先行する欧米からの情報も得ることが出来る。
  • 施設全体は4階建てとなり、4階は商談スペース、3階は「B to C製品・技術展示スペース」、2階は「B to B製品・技術展示スペース」、そして1階に大型商業印刷機を展示している「CEC Tokyo」がある。(今回の見学会では、オープン済みの1階のみの見学でした)。
  • CEC Tokyoには、帳票・DM等を印刷する「トナー/インクジェット式印刷機」から書籍・カタログ・販促系を印刷するデジタル印刷機まで、多種多様の印刷機が展示されており、自社の仕事内容に合致するデジタル印刷機を動かし、体験し、ビジネスとしての採算性を検証することが出来る場となっている。

とのことでした。

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知ってる? 名刺の厚さ

ダイヤルゲージ
ダイヤルゲージ

入社ン十年、そこそこ長い間、「紙」という素材に携わってきましたが、最近、名刺に使う紙についてのお問い合わせが多くなっているような気がします。
オンデマンド印刷機(プロダクションプリンター等)が、これまで紙との係わりが少なかった企業や個人にも広く導入されていることが要因の一つかもしれません。

その中でも、特に紙の「厚さ」についての質問が少なくありません。
お問い合わせに対しては、これまでの実績や経験をもとにお答えをしておりましたが、日頃いただいている各社様の名刺が、実際どのくらいの厚さなのかを確認したことがなかったので、今回、まとめて測定してみることにしました。

測る! どうやって?
あるのです。手軽に紙の厚さを測る機器が。
今回は、当社で良く使われているダイヤル式の機器で測ることにしました。

ちなみに、オフィス内で良く見かける素材を測ってみると
・コピー用紙が0.09mm、年賀はがきが0.23mm、
Campusノートの表紙が0.27mm、日経新聞が0.06mm。
新聞紙は、薄くてもコシがあり丈夫です。大きな新聞を細長く折ることで、狭い
電車の中でも気軽に読むことができるのは、その特徴のお陰かもしれません。
(車内で新聞を読んでいる人が、めっきり少なってしまいましたが・・・)

名刺はこれまでいただいた中から、無作為に選びました。
その数、60枚。
製紙、複写機、印刷、鉄道、生保、銀行、テレビ局、通信、コンサルタント、病院、ガス、スポーツ関係など、業種は様々です。

さてさて、結果は!・・・
測った名刺の中で、最も薄かった名刺が 0.18mm、で6社、
対して、最も厚かった名刺が0.31mmで、2社、でした。
それぞれの厚さの枚数は、下記の通りです。
紙の規格(米坪)としては、186.1g/㎡ ~ 256.0g/㎡といったところです。

 

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『騎士団長殺し』の用紙(2017年上半期書籍に使用された紙)

紙の販売に長く携わっていると、自分が取り扱っている商品が世の中でどんな使われ方をしているか気になるものです。名刺、パンフレット、中吊り広告など、目についたものは触って、「なるほど、こんな用紙を使っているのか」とか「この用紙をこんな使い方をするのか…」などと思ったりしながら、銘柄や品種の特定を勝手にしてしまう……。まぁ、一種の職業病のみたいなものですね。

 

そんな私が今回ご紹介したいのは『書籍用紙』。
書籍には様々な用紙が使用されているのです。特にハードカバーの書籍となると、カバー、表紙、帯、見返し、扉には特徴のある用紙が使用されていることが多く、本の内容に合わせたり、新商品や意外な商品を使用したり、と大変興味深いものです。
           
もちろん特徴のある印刷加工で表現する場合もありますが、紙選びも装丁家(ブックデザイナー)の腕の見せどころです。

と言うわけで今回は、2017年上半期書籍ランキング上位の本に使用された特殊用紙について、気になったものをご紹介いたします。

 

■村上春樹著『騎士団長殺し:第1部 顕れるイデア編』、『騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編』

個人的には、上半期最も驚かせてくれた書籍で、村上春樹さんの最新作。いったいどんな用紙を使用しているのか楽しみにしていました。(内容じゃなくてご免なさい!ハルキさん)
本を開いた瞬間、「シブイ…」と思わずつぶやいてしまった2冊です。   

見返しと扉に使用されたのが「ジャンフェルト」
色は扉に<絹>、
「第1部 顕れるイデア編」の見返しに<濃松葉>、
「第2部 遷ろうメタファー編」には<ぶどう>が使用されています。

1997年に発売されたジャンフェルト。紙のサンプル帳でもしばしば目にしていた私にとっては、さほど珍しい用紙ではありませんでしたが、深みの強い色味を使用しているのに加え、どっしりと構えたエンボス感が落ち着いた大人の演出をしていると思いました。

 

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紙と歴史のよもやま話-最終回「幾つかの思い出」

 それから思い出すのは公害問題です。今から五十年程前の事ですが製紙工場から出る排水の問題が静岡県の「田子の浦ヘドロ事件」と呼ばれる大公害問題になったのです。未処理の排水が田子の浦湾に垂れ流され海は汚れ悪臭が漂いヘドロで魚は住めなくなり、空気も汚く全く酷い有様でした。日本全体が公害に対して鈍感だった時代です。この頃から製紙業は公害企業というイメージが出来てしまい未だに払拭されていません。
 今日の製紙工場の排水処理設備は充分なものがあり、煙突から出る煙(ほとんどが水蒸気)に臭いは無く相当な対策を施しています。生産上の公害対策ばかりでなく製品そのものに対しても環境が意識されています。
 紙一トンに対し材木十トンが必要と言われ森林を破壊しているかのような話も多かったように思いますが、原料の大半は植林木と廃材(主に住宅建設の)、それに古紙です。今では製紙産業は環境対策の優等生と言ってもいいでしょう。

 

古紙の偽装、バブル……激変する世の中

 思い出すついでにあまり良くない出来事が浮かんで来ました。古紙の配合率を偽装した事件です。販売しながらも「こんなに古紙(特に上白)があるわけない」と思っていました。配合率から見て品質が良すぎました。古紙の入った紙を使えば全て善という風潮、古紙配合率は多いほど良いという誤解、古紙百%品を使用する事の強制、古紙の入っていないものへの忌避感情などが背景にあったのだろうと思います。ご存知の通り日本は古紙回収率と古紙利用率は世界のトップレベルです。植林にも熱心です。ゴミゼロ運動にも力を入れています。
 年号が平成になる少し前、世の中はバブル景気で沸き返っていました。贅沢品が飛ぶように売れ絶好調でした。石油パニックの時代のような紙の買占めがあったわけではありません。ただ土地の買い占めは異常でした。土地転がしや株で儲けた人が多く出ました。忙しくて人手が足りません。アルバイトを採用するのも大変で、就職してくれたら車を進呈すると言い出す企業まで現れました。あの頃は確かに忙しく昨日印刷したものが今日は刷り直しという事がしばしばありました。皆が儲かっているから気にしない気にしない。製本途中なのにもう再版が決まったりして、世の中全て思うように行く気分でした。
 そう言えば「○○PANしゃぶしゃぶ」なるものがあって官僚の接待に使われる事件がありました。あの頃の日本はどうかしていたのです。金儲けと贅沢に味を占めてしまいました。
 しかしバブルが弾け世の中は激変します。土地、株、会員権等の値段が暴落しました。借金は高金利のまま高止まり。人手不足は人余りに。これを乗り切るのに相当の時間がかかりました。「こんな事ならあの頃もう少しいい思いをしておけばよかったなあ」と今は思います。

 

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紙と歴史のよもやま話-15「戦後にあったあれこれ」

 ようやく統制撤廃が実現し完全自由化への動きの中、製紙業界に於いて大事件が発生しました。1949年(昭24)GHQによって財閥解体が行われ王子製紙の分割が余儀なくされたのです。王子製紙は財閥とは違いましたが圧倒的なシェアーがあったため分割が命令されたのでした。苫小牧製紙、十条製紙、本州製紙の三つになったのです。合わせて幾つかのメーカーが独立しました。苫小牧製紙は後に王子製紙と改称しました。
 戦後の経済復興の時期、三白(さんぱく)景気と呼ばれる時期がありました。三白とは紙、砂糖、繊維(一説にはセメント)の事です。いずれも白い物で非常に需要が旺盛で飛ぶように売れたと言われています。この時期に紙を扱った者は大儲けをしました。
 その頃活躍した大先輩に聞いた話ですが、「トラック一杯に紙を積んで昭和通りを行くと、浅草に行く前に全部売り切れた。通り沿いの印刷会社に『紙は要らんかね』と行商する。その時値段を決めて先に現金を貰ってから荷物を下ろす。もし下ろしてからお金を受け取ろうとすれば必ず値切られるからだ。風呂敷一杯の現金を持って銀座で豪遊したこともあった。『今日は俺のおごりだ』と知らない客の分まで払った事もある」と語っていました。

 

1000枚で「1 連」
1000枚で「1 連」

業界の変化

 大変な景気だったのですが文字通り一時的なもので、豪遊に耽った者は皆落ちぶれ、真面目な者だけが生き残り経営の基盤を作りました。
その後のメーカーの発展と合併はご存知の通りで王子製紙は神崎や本州を、十条は山陽国策それに大昭和を統合して日本製紙になりました。流通も大手は積極的に合併を行い経営の安定に努めて来ました。
 私が紙業界に入った頃「キロ連」という言葉が残っていました。キロ連に対する言葉は「ポンド連」です。キロ連は千枚で一連、ポンド連は五百枚で一連を表します。「連」はREAMの日本語訳です。REAMは五百枚(又は四百八十枚)を意味する英語です。つまり昔は五百枚で一連だったのです。しかし十進法は便利ですから千枚で一連とするようになったのです。キロは千という意味ですからはっきり区別するため敢えてキロ連と表現しました(「連」はレンと読みます)。
 仕事に慣れて来た頃、石油パニックがありました。石油不足だから火力発電が充分出来ません。
街のネオンは消え、テレビの深夜放送が無くなり、燃料不足で飛行機が欠航した事もありました。ガソリン・灯油の値上げは当然ながら、他のあらゆるものの値段が上がりました。

 

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剣道と紙の深~イ関係

はじめまして!
㈱シオザワ ソリューション開発部の中西と申します。
私ごとですが、私は3歳から剣道を始め今年で剣道歴30年を迎えました(笑)
会社に置き換えて考えると、今から30年って、定年を超える年数なんですね……。つまりは、結構な剣歴となったということです。。。
ま、こういう私ですので、記事を書くとなれば、やはり「剣」。
そうです、今回は紙と剣道に関する面白話をご紹介しようと思います。
長く剣道を続けてきた私も、シオザワに入社してから知った意外な紙と剣道の繋がりがあるのです。

 

剣道と紙ってどこで繋がるの??

実は、剣道で使用する防具と紙に深~イ関係があるのです。
剣道の防具とは、鎧兜のような体を保護する役目を負い、「面」「小手」「胴」「垂」の4種類で構成されています。今回はその中でも「胴」についてのお話です。
「胴」とは読んで字のごとく、体の胴体部分を保護する防具のパーツです。
面と並んで体の中央部分に装備することに加え、大きいのでとても目立ちます。
よって、防具の中でも花形の部位と言えるでしょう。
では、実際に胴の現物写真をご覧いただきましょう!

こちらは実際に私が使用している胴の写真です。
 
なんとなーく見た事ありますかね??
「あー、これを胴と呼ぶのか!」と思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
中央の茶色い部分の事を、胴の中でも「胴台」と呼ぶのですが
なんと…なんとなんと!この胴台部分の素材が…
紙なんですっ!!

 

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紙と歴史のよもやま話-14「昭和の紙業界」

 1933年(昭和8年)に王子、富士、樺太の三社は正式に合併しました。もうそれ以外選択肢は無かったほど景気が悪く各社ともに追い込まれていたのです。しかし王子の財務内容は比較的良く他社よりも体力があったと言われています。合併後の社名は王子製紙です。圧倒的なシェアーを持つ巨大製紙会社の誕生で市況は安定し利益も出るようになりました。景気が良くなったのも幸いしました。絶妙のタイミングだったのかもしれません。
この時代の事は日清・日露戦争、第一次世界大戦、関東大震災、昭和恐慌など歴史全体を見ながら考えると極めて教訓に富んだ時代だったと思います。
 1927年(昭2)に東京渡辺銀行が倒産しました。事の発端は時の大蔵大臣片岡直温(かたおかなおはる)が国会で「ただ今、渡辺銀行が破たん致しました」と口を滑らしたところから始まります。渡辺銀行は厳しい経営難に陥っていたものの営業は継続していました。間違った情報が本会議中の片岡に届けられてしまったのです。片岡の発言を受けて取り付け騒ぎが起こり渡辺銀行は完全に破綻してしまいます。取り付け騒ぎと言うのは、多数の預金者が銀行から現金を引出すため我先にと殺到する騒ぎの事です。群集心理で人々は殺気立ちます。

夜逃げをした祖父

やがて全国でも取り付け騒ぎが起きました。騒ぎを鎮静化するため日銀は紙幣の印刷を増やしました。しかしとても間に合わずとうとう片面印刷の紙幣まで発行しました。
東京渡辺銀行の倒産で私の祖父は預金を引き出すことが出来ず、全財産を失い借金だけが残り夜逃げ同然の引越をしました。もう全く貧乏の極みだったと父は言っておりました。
 その後、台湾銀行が休業に追い込まれ鈴木商店が倒産します。まさに大不況が訪れたのです。鈴木商店は日本を代表する大商社で台湾銀行から膨大な借り入れを行っていました。このような時代ですから製紙会社の経営が苦しくなったのは当然と言えば当然です。
1937年(昭12)日中戦争が始まりました。それが泥沼化しアメリカとも戦うようになって総動員法が成立し、国策によって製紙会社は強制的に合併をさせられます。王子製紙もいくつかのメーカーと合併し巨大になりました。他にも同様の合併会社が誕生し紙は政府によって完全に統制され、自由に手に入らないし自由に売れない状況になりました。実績に応じた配給制度になったのです。新聞社も出版社も年々部数の削減を余儀なくされました。米や砂糖と同じく貴重品になったのです。もっともこの頃はあらゆるものが手に入りにくい状況でした。

 

1945年(昭和20年)の戸越公園駅
1945年(昭和20年)の戸越公園駅

敗戦、統制の撤廃

そして戦後、国内の製紙工場は戦火で大きなダメージを受け、満州や樺太の工場を全て失いました。生産量は大激減。そのため紙の統制は暫く続きました。
統制の撤廃は1946年(昭和21)に実現しましたが完全な自由化が実現したのは1951年です。
この統制撤廃には業界の大運動があって初めて実現したと言われています。当時の政府は紙の専売を目指していました。専売と言っても若い人にはピンと来ないかもしれませんが、私の幼い頃は米、塩それにタバコが国による専売でした。勝手に作って勝手に売ることは出来ません。同じように紙も専売制にして国家財政に寄与させようとしたのです。
当時は「配給公団方式」と呼んだようです。それは極端に需給のギャップがあったせいでもありますが、商権を国に奪われる事になりますから業界は猛反対しました。そこにGHQが経済に国があまりに関与すべきではないと政府案に反対しました。GHQの命令は絶対ですから自由化が認められ次々と商権復活がなされたのです。
お蔭で私の父も生きて行く糧を見つけることが出来、今日の私も居るという訳です。

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紙と歴史のよもやま話-13「日本の近代製紙業の発展」

 さて我が国の近代製紙業の発展に眼を向けてみましょう。明治の初めに幾つかの機械式洋紙製
造会社が設立されました。しかし紙を作ってみたものの思うようには売れず工場は在庫の山であったようです。1876年(明治9)地券の本格的な発行が行われました。地券とは土地の所有を明らかにしたお役所の証明書です。所有権を明確にして税金を取ったのです。この地券のための紙=地券紙は膨大な量を必要としたので製紙会社には正に恵の雨でした。
 更に西南戦争(1877年)の勃発で新聞の発行が増えてようやく一息入れる事が出来るようになりました。今日では新聞は新聞社で印刷するのが当り前のようになっていますが、初めは全て外注印刷でした。新聞社が銀座に多かったので印刷会社も銀座に多かったと言われています。この頃になると製紙会社は自ら行っていた販売(直売)活動をやめて、大きな商店に委託するようになりました。販売をお願いすると言いながら価格決定権は製紙会社にあり、しかも販売店(売捌き店)の帳簿等の検閲権も製紙会社が持っていたようで、売って下さいと言うより売らせてあげようという契約内容でした。

 

一から始める洋紙の販売

 しかしながら和紙や輸入紙との競争は避けられず、やはり販売店の売る力に頼らざるを得なくなります。販売店と言っても元々紙屋だったわけではありません。一部の和紙の販売店や雑貨商が洋紙商になるなど様々でした。和紙の販売網は出来上がっており長い伝統を持っていましたが、洋紙の販売は全く一から始めなければなりませんでした。
 明治10年代の東京の洋紙販売店は十数社程でした。やがて需要も大きくなり20年代には四百社の洋紙販売店があったと言われています。この頃からメーカー直接取引の販売店(元売り)とそこから仕入れて売る二次店とが共存し、いたる所に紙を届ける事が出来るようになりました。しかしメーカーの経営は辛酸を極め販売店からの前借りなどは当たり前の事でした。
 その頃の製紙機械のいわゆる抄き幅は1m50㎝くらいのものでした。洋紙の生産が始まってから10年後でさえ抄紙機は5台しかありません。しかも抄速は20m~40m程度。これは1分間のスピードです。現代の機械は秒速で20m位は出ます。秒速ですのでお間違え無く。
 ゆっくりではありますが製紙産業は発展しました。和紙の生産も増えましたが大正の初めに洋紙は和紙の生産を上回ったようです。木材パルプの開発で洋紙は品質も値段も優位に立つことが出来ました。

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FSC®認証マーク付き印刷物を作りたい!

「FSC」と聞いて皆様は何を思い浮かべますか?

――富士見町スポーツクラブ? 船橋サッカークラブ? 何だろう……

紙屋に訊いてみてください。
誰もが迷うことなくこう答えるはずです。「森林認証でしょ」と。
紙屋にとってはそれほどにこのアルファベット3文字は馴染みが深いのです。

ということで、今日のお題は「FSC認証」。
まずはFSC認証とは何かを簡単に説明したいと思います。

■FSC森林認証
 FSCは世界中に広がり、森林認証には適切に森林を管理する「森林管理の認証」【FM認証】と、認証森林の林産物を材料とした製品(木材や家具製品、紙、本などの印刷物など)であることを認証する【CoC認証】の2つがあります。

■CoC認証(Chain of Custody)システム
 認証を受けた管理森林から生産された木材が、加工・流通工程で森林認証を受けていない他の木材製品と混ざることなく、明確に区別された上で管理されていることを検証し、そのことが審査機関から認められると認証が発効されます。基本的に生産・加工・流通のすべての段階で所有権が移転(普通の経済行為、売買など)した先の企業が認証を取得する流れになっており、これが末端までチェーンのように連なることからChain of Custody(管理の連鎖)と呼ばれています。
 そのため、全ての中間事業者が認証を受け、かつ認証基準に沿った運用を行っていることが必要ですので、認証を受けていない事業者が1社でも存在しているとCoC認証は成立しませんし、FSC認証のトレードマーク(フリーツリーマーク)やFSC認証などの文言は使えなくなります(万が一そのような状況で、マークや文言使用することは重大な不適合要件になります)。

 

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紙と歴史のよもやま話-12「古き良き時代の映画の話」

十戒が刻まれた石版を持つモーゼ
十戒が刻まれた石版を持つモーゼ

 ここからは年配の方には懐かしい映画「十戒」のお話です。主演はチャールトン・ヘストン、監督はセシル・B・デミル。旧約聖書の『出エジプト記』に書かれている物語を映画化したものです。三千三百年ほど前の事。モーゼは神の導きによって奴隷として使われていたヘブライの人々数万人(!?)をエジプトから脱出させます。砂漠と荒野をさまよい遂に海に差しかかりました。後ろを見るとラムセス2世の軍隊が追って来ます。もうだめだと泣き叫ぶ人々の前でモーゼは神に祈りを捧げます。するとどうでしょう、たちまち風が吹き海の水を吹き飛ばして道を作ってしまったではありませんか。人々は我先に前へと進みます。そして最後の一人が対岸にたどり着いたとき、風が止み海が戻って来ました。ラムセスの軍勢はあと少しのところで悉く海に飲まれてしまいました。こうして最大のピンチを切り抜けたモーゼはやがてシナイ山の麓にたどり着きます。そこでモーゼは神の声を聴くために山に登りました。

十戒を石板に刻む

 モーゼが四十日間山に籠り祈りを捧げていると神が語りかけて来ました。「汝殺すなかれ、汝姦淫(かんいん)するなかれ、汝盗むなかれ・・・」そしてその言葉を炎で岩に刻み付け2枚の石のプレートにしてモーゼに与えます。これがモーゼの「十戒」です。こうしてヘブライの人々が安住の地としてたどり着いたのが今のイスラエルの付近です。
 次にご紹介するのは映画「ベン・ハー」です。これも大ヒットした作品でアカデミー賞を11部門で受賞しました。主演は同じくチャールトン・ヘストン、監督はウイリアム・ワイラー。
ユダヤ人のベン・ハーはローマの軍司令官のメッサラに激しい恨みを持っていましたが、復讐のチャンスが訪れました。戦車の競争に出場することになったのです。アラブの大金持ちのイリデリウムが彼を応援します。彼の馬がベン・ハーの乗る戦車を引くからです。イリデリウムは優勝を確信し箱にたっぷり金貨を詰めてメッサラのもとに向い賭けを申し込みます。

粘土板の契約書

 「不敗を誇るローマの軍司令官、どうです賭けをしませんか」と金貨の詰まった箱を見せながら掛率の交渉が始まります。決まった掛け率は四対一。そして掛金の話になると周りから十とか百とかの声が上がります。するとイリデリウムは不機嫌そうに席を立ち「小さい、小さい。見損ないましたぞ軍司令官、ローマもたいしたことないですな」と言って帰ろうとします。プライドを傷つけられたメッサラは遂に千タラントの莫大な賭けを受ける事にしました。
 この時イリデリウムが何やらメモのようなものを書きます。書いているのは粘土板のようです。それをメッサラに渡しました。読んだメッサラは指輪を押し当てサインとします。これにて契約成立。メッサラが負けた場合に支払う額は現代のお金でざっと二千億円。結果はご推察の通りベン・ハーの勝利。宿敵メッサラは戦車から落ち死んでしまいます。
 この話は二千年前の話(映画)ですが、実際に粘土板(蝋板も)はローマでは広く使われていました。粘土板(蠟板)は木枠に入っており二つ折りの形となっていて、後世の書籍=上製本の表紙の原型になったと考えられています。
 他愛もなく映画の話をしましたが昔の人は岩、葉、木、粘土、蝋、布、革、そしてパピルス、パーチメント、様々なものに字を書いて来たことが分かります。比較してみると紙は他のどの材料よりも便利で優れた書写材ということが言えるでしょう。
 東洋において紙は書くためにだけ利用されたのではありません。特に日本においては障子や襖など建築材、包装材として幅広く利用されて来ました。水引のような芸術的なものが作られたり、懐紙として持ち歩いたり鼻紙としても使われるなど実に多彩な使われ方をしています。

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紙屋から見たISOT(国際 文具・紙製品展)見学レポート

ISOTとはあらゆる文具・紙製品、オフィス用品が一堂に出展する日本最大の展示商談会です。本展で初めて発表される新製品や、オリジナリティあふれる商品、日本で未発表の海外製品などが多数出展されます。会期中に「日本文具大賞」の発表もあり、毎年メディアにも多数取り上げられます。今年は東京ビックサイトの東ホールにて2017年7月4日(水)~7月6日(金)の3日間開催されました。


紙にこだわる商品たち


今回は紙屋として「紙」にフォーカスをあててISOTをレポートしてみようと思います。
まず、文具大賞のデザイン部門グランプリに輝きましたぷくぷく堂様の「あなたの小道具箱」(各4色)
http://punpukudo.jp/blog/?p=153
こちらは北越紀州製紙の「パスコ」を使用した道具箱で、パスコは約50年は持つといわれている丈夫で頑丈な紙です。(パスコに関する詳細は長くなるのでまた別の機会に記事をUPしたいと思います。)
http://www.hokuetsu-kishu.jp/products/pf/pasco.html

 

フルース紙を使用したノート
フルース紙を使用したノート

フールス紙に関して


 続きまして、一般展示ブースで気になった商品として、港区新橋にあります印刷会社/株式会社河内屋様の「KUNISAWA」という高品質のノートシリーズを挙げたいと思います。こちらの商品には本文に「OKフールス紙」が使用されています。フールス紙は「印刷の仕上がり」よりも「書く」ことに重きを置いた用紙です。インクの吸収性に優れ、裏抜けせずに万年筆や鉛筆との相性が非常に良いのが特徴です。
 今回の出展企業のノートや手帳にもフールス紙を使用している商品が多く見られました。一般的な上質紙を使ったノートでも良いのですが、デジタル化の流れなのかで紙に書くという行為が特別な作業に昇華しているのでしょうか? 「より心地良く書ける!」が重視されている傾向にあると感じました。
 ちなみに私はモンテルキアという紙がお気に入りです。A2マットコート紙の1.5倍の厚みがありながら柔らかさもあるので紙がめくり易いです。書き心地も非常に良く、日本製紙の石巻工場で作られて東日本大震災復興支援商品になっていました。ストーリーとしての背景がある紙というのも良いですよね。

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紙と歴史のよもやま話-11「印刷術の発明と紙生産の機械化」

グーテンベルクの聖書
グーテンベルクの聖書

 現存する四十二行聖書は約五十冊。日本では慶応大学が上巻を所有しています。ところで全くの余談なのですが、グーテンベルクの聖書の写真を雑誌等で見る事がありますが、行数を数えてみると四十行しかない事があります。これには理由があって最初から四十二行を決めていたわけでは無く途中から四十二行にしたからなのです。四十二行にすれば全体のページ数を減らせるし、紙も節約でき印刷回数も減らせるという経済的メリットを計算したのです。
 印刷がどんなものか見たい人々、特にお金を出したフストが早く刷って見本を見せて欲しいと要求したので、取り敢えず四十行の版で印刷したのです。ですから全ページ四十二行で統一することは出来ませんでした。このことは組版を最初のページから順に行ったのではなく、幾つかの班に分け違う箇所から同時進行的に活字を組み印刷したことを伺わせます。
 印刷術の発明は世の中を大きく変えて行きます。需要は尽きることなく増え続け、紙の需要もますます大きくなります。数十年後ちょっとした発明がありました。イタリアでイタリック文字と呼ばれる書体を斜めにした活字(筆記体)が作られたのです。何が画期的かと言うと、可読性が良いので字を小さくすることが出来たのです。結果として本はとても小さくなりました。コストは安くなるし軽いので旅行に行く時も持って行けるようになったのです。それまでの本は大きく重くて持ち上げるだけでも一苦労。そのような事もあって印刷と出版はイタリアのヴェネチアが最も盛んになりました。それは製紙業も同様でした。

製紙業の近代化

 産業革命の時代まで紙は昔と同じ方法で作られていました。そしてようやく1719年フランスのレオミュールが木から紙が出来るという論文を発表しました。蜂の観察から思い付いたと言われています。しかし彼は論文の発表だけで実用化しませんでした。百年後の1840年になってドイツ人ケラーが木材パルプの開発に成功しました。そして1844年に木をすり潰すグラインダーを発明し実用化に成功、大量生産が可能となりました。
 抄紙機の開発は1798年にフランスのロベールが機械式紙生産の特許を取得したところから始まります。どんな機械だったと言うと家庭のお風呂くらいの桶の上にエンドレスに回転する簾を置き、紙料を回転ファンによって汲み上げザブザブと掛ける仕組みでした。
 ロベールは製紙会社に勤めていましたが社長のディドーが給料もボーナスも大幅に増やすと言うので抄紙機の特許を譲り渡しました。
 ディドーは一儲けしようと思い義弟のガンブルと言う男とともにイギリスに行きました。ガンブルはドンキンという人物と改良を進め更に新しい特許も取りました。

フランスで発明、イギリスで実用化

 1804年頃フォードリニアと言う人が特許を買い取り実用化を始めました。それで長網抄紙機の事をフォードリニアマシンと呼ぶようになります。この辺りの詳しい経緯は学説によって微妙に違いがあり、例えばガンブルはディドーの持っていた設計図を盗みイギリスに行ったとか諸説あります。要するに1800年前後にフランス人のロベールが発明し、イギリス人のフォードリニアが実用化したという事です。また1809年には丸網抄紙機が開発されました。因みに1840年頃のイギリスではが200台くらいの抄紙機が動いていました。もちろんドイツでもアメリカでも 抄紙機は広く普及します。初期の抄紙機でも生産性は十倍以上あったと言われています。
抄紙機の開発と木材パルプの発明による大量生産が1800年代の中頃から始まったわけです。では紙が出来る前、人は何に字を書いていたのでしょうか。木簡、竹簡、パピルス、パーチメント・・・・話は突然3300年前に遡ります。

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紙と歴史のよもやま話-10「グーテンベルクの四十二行聖書」

 話をヨーロッパに転じます。紙は古布、古着等から作られていましたが、需要が増えるにつれて原料の不足が深刻な問題となりました。遂には墓を掘って埋葬された死者の服をはぎ取った不届き者まで現れました。エジプトのミイラまで利用したそうです。   
 古着の回収は現代の古紙回収と同じです。現代と同じように新しいファッションの流行があれば古着が多く発生します。回収を考えると大都市は紙の生産に都合の良いことが分かります。当然水は必要ですから川の側が良い訳でそのうち水の力を動力として利用するようになります。また船による輸送が発達すると都市から離れていても製紙工場は稼働可能となりましたので、郊外に大規模工場も作られるようになりました。
 さて集めた服は白く漂白する必要がありますが、女性の好きな赤色だけは白くできませんでした。勢い倉庫に溜まってしまいもう限界と言う時、赤いまま吸取紙を作ってみました。これが好評で大いに売れ、それ以後吸取紙は赤い(ピンク)ものとのイメージが定着しました。吸取紙が作られる前は吸取砂が使われていました。砂を紙面の上に振り掛けて吸収させるのです。砂の掃除を必要としないので吸取紙は誠に便利な製品だったのです。

 

グーテンベルク
グーテンベルク

活版印刷術の発明

 さて紙の歴史に関連した重大発明を忘れるわけにはまいりません。ご存知の活版印刷術の発明です。1450年頃、ドイツのマインツでグーテンベルクが一文字ずつ活字を作り、これを組み合わせて印刷する技法を開発しました。組み合わされた活字は印刷終了後バラバラに戻され繰り返し使う事が出来ます。この発明は五百年の長きにわたりほとんど変わることなく使い続けられた完璧な発明だったと言えます。例えば活字の成分は鉛とアンチモンと錫ですが今でも当時とほとんど同じ配合で作られていますし、その鋳造法も然りです。インクもグーテンベルクが開発しました。誰もやった事が無いから当然と言えば当然ですが。多色刷りにも挑戦しています。
 彼が最初に手掛けたのは聖書の印刷です。四十二行聖書と呼ばれ百八十冊ほど作られました。二割くらいがパーチメント(羊皮紙)に、残りは紙に印刷されました。この時、紙とパーチメントは共存していたわけですがパーチメントの方が高級品というイメージがありました。紙はイタリア産が大半でした。当時の紙には製紙業者のサイン=透かしが入っているので誰が作った紙かが分るのです。

 

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紙と歴史のよもやま話-9「明治時代の製紙産業」

 新聞の発行は明治になって早くから行われるようになりました。初めは和紙に木版印刷していましたが記事が多くなり部数も増えて来ると、どうしても活字による高速大量印刷が必要になります。その為には平滑性の良い洋紙が求められます。そうして洋紙の需要が増えて行ったのですが中心は輸入紙でした。品質が優れ値段も安かったからです。
 この頃の明治政府は文書の全てを筆書きとすることを決めていました。ペンは使用不可。筆には和紙が良いので官庁需要はもっぱら和紙が使われていました。ですから洋紙の需要はあまり盛り上がりません。しかも品質がよろしくなく酷いものだったようで輸入紙に圧倒されていました。王子製紙の大川平三郎は当時の紙を「軟柔にして密ならず、容易に活字を填塞するの害あり、墨汁の透通を許し酷として印刷物の体裁を汚す」と評しています。

苦しかった王子製紙の経営

 大川は渋沢栄一の親戚で王子製紙では技術の中心人物でした。若くしてアメリカに渡って藁パルプの勉強をしてその技術を導入しました。このおかげで低コスト、高品質の紙が作れるようになったと言われています。しかしその前に官営の抄紙局が藁パルプの開発に成功し紙の一般販売に乗り出していたので、民間の製紙会社は益々苦しい経営を余儀なくされていました。木材パルプが原料の中心になるまではまだ時間がかかったのです。
 王子を支えたのは三井です。莫大な資金を注ぎ込んだ三井は経営を立て直すために藤原雷太を送り込み経営の大改革を行います。折しも金融事情の悪化と売行き不振で苦境に立たされた中で藤原は辣腕をふるいます。しかし社内の混乱もあって渋沢が王子を去る事になり、大川も辞めてしまいました。この一連の流れを評して三井の王子乗っ取りと言う人もいます。その後王子は三井から鈴木梅四郎を迎え、北海道の苫小牧に社運を賭けた工場を建設し見事に立ち直ります。王子を辞めた大川は九州製紙をはじめとして次々と製紙会社の経営に携わり樺太工業を設立、富士製紙の社長にも就任し製紙業界の中で一大勢力を築きました。

売れに売れた『西国立志編』

 板紙の生産についても触れておきましょう。日本最初の板紙製造を始めたのは印刷会社の秀英社を創業した佐久間貞一でした。1876年(明8)百万部の大ベストセラー『西国立志編』の印刷を佐久間が手掛け、表紙に使う板紙を自ら製造したのでした。他に無かったので自前で作るしかなかったのです。最初は手漉きでしたが後に東京板紙会社を設立し機械化します。この本の初版は木版刷りで全12冊の和綴じ本でした。とてもよく売れたので重版の時佐久間が拝み倒して受注に成功、活字印刷の1冊本(約800頁)にしたのです。筆者(正確には翻訳者=中村正直)は「活字による印刷で大丈夫か」と酷く心配したと伝えられています。本の中で「天は自ら助くる者を助く」という有名な言葉があります。秀英社は現在の大日本印刷です。
 明治の後半、政府が書類のペン書きを解禁、教科書に洋紙を採用するなど大きな変化があって製紙業はようやく盛んになり製紙会社も増えて来ました。製紙会社が増えれば競争が激しくなります。景気によって値段の乱高下が生まれます。相場が安い時と高い時は3~4倍も違いが出ました。紙に限らず昔の相場というものはそのようなものだったようです。
 1874年東京で有恒社、1875年王子製紙、1876年京都(府営)でパピール・ファブリックが設立。同じく神戸で神戸製紙所、1887年富士製紙、1914年樺太工業が設立されました。主立った製紙会社の設立を書きましたが、神戸製紙所は現在の三菱製紙です。他は全て王子製紙に統合されました。そして1933年(昭8)に富士、樺太、王子は合併し大王子製紙が出現しました。この合併には色々なドラマがありましたが後から述べる事にします。

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選挙の投票用紙

先日(7月2日)に行われた東京都議会議員選挙。
結果は、都民ファーストの会の圧勝に終わりました。(自民党の大敗とも言えますが……)

「でしょ!」と思った方、「マジか?!」と思った方、それぞれにいらっしゃったことと思います。どちらにしても「より良い東京」が築かれるよう、しっかりと行政を運営していってもらいたいものです。

さて……、
と言ったところで、今日のお題は「選挙」。
紙屋からみる選挙についてのプチ情報を書いてみようと思います。

「選挙と紙」と聞いて皆様は何を連想されますか?

――ポスター、パンフレット……。

ですよね。かなりの量ですものね。
あの類いは、立候補者それぞれで製作していますので、使っている紙も自ら選べますし、勿論、印刷する内容は個々に違っています。

その一方で、全ての有権者に、同じ紙で提供されている物もあるのです。
お気づきですか?

そうです、投票用紙!
「選挙」という一連のイベントの中で唯一(?)全て同じ紙が使われているのです。全国の全ての選挙で同じ紙が使われているかどうかは私は知りませんが、かなりの占有率で同じ紙が使われていることは確かです。

あの投票用紙。何でできているかご存じですか?
実は木材パルプから作られる一般の紙とは違って、主原料がポリプロピレンなのです。その名は「ユポⓇ」(株式会社ユポ・コーポレーション製)。“合成紙”というカテゴリーの紙です。

ユポⓇの特徴は、
 ①水に強い
 ②破れにくい
 ③表面がなめらか
 ④折り曲げに対する反発が強く、折りが戻る傾向がある
 ⑤その他

「なめらか」なのは皆様も記入する際にお感じになったことがあるのではないでしょうか。「あれっ、何だこの書き味は……。なめらか~」と。

そして、ユポⓇが投票用紙に採用されている最大の理由が、「折りが戻る傾向がある」という特徴からなのです。
かつてユポⓇを使うまでは、開票作業にかなりの時間を要していました。投票箱から投票用紙を取り出し、折り畳まれた用紙を一枚一枚開く作業にかなり手間取っていたからです。
ところがユポⓇですと、一度折り畳んでもすぐに戻ってしまう。つまり折り畳んだ状態で投票しても、投票箱の上蓋を通過した途端に箱の中ですぐに用紙が開いてしまうわけです。ユポⓇのこの特徴によって、今では一枚一枚開く作業をしなくても開票作業が進められることになり、結果、開票スピードが上がり、開票時間を大幅に短縮できるようになったのです。

「え?ホント?」と思った方。
「知らなかった~」という方。
次の選挙で試してみてください。
候補者名を記入した後、折り畳んで、手を離す。

ほら、開くでしょ?!

こんなところにも紙の特徴が活きているのです。

ユポⓇは上記の①②の特徴から、選挙ポスターとしても相当量が使われているのが実状です。

政局が安定せずにしょっちゅう選挙が行われるようでは困りますが、紙屋からみると思いがけない選挙によって「選挙特需」があるというのも事実です。これも”紙屋アルアル”のひとつでしょうか……。

さてと…、
次の選挙はいつだっけかな~?

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「シオザワ 有明紙工センター」開設!

  
この7月より、弊社では紙加工品を製作・販売する「有明紙工センター」を開設いたしました。

得意とするところは、”市販にはない”紙製のオリジナルファイル(バインダー)などです。

市販のファイル(バインダー)を使っていて、「あぁ、この部分がこうなっていたらな~」とか「ウチの業務内容からすると、こんなバインダーがあったらもっと作業が楽なのに……」なんて思ったことありませんか?!

大丈夫です!
是非、当社「有明紙工センター」にご相談ください。
そのご要望にお応えします。
「あったらいいな」をカタチにします!

勿論、ファイル(バインダー)以外でもOKです。
紙加工・内職などに関することで、ご質問・ご相談がございましたら、是非お気軽にお問い合わせください。

【問合せ先】 株式会社シオザワ 有明紙工センター
       担当 田中 tanakasi@shiozawa.co.jp
       TEL03-5638-2035  FAX03-5638-2036

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紙と歴史のよもやま話-8「攘夷討幕から幕臣へ、そして政府要人に」

渋沢 栄一
渋沢 栄一

 渋沢栄一とはどんな人物だったのでしょう。王子製紙の話をするのであれば創始者の渋沢栄一の事を語らずにはいられません。あまりにも有名でよく知っている方も多いと思いますが。
 渋沢栄一は今の埼玉県深谷市、血洗村という物騒な名前の村で生まれました。家は百姓で割りあい豊かでした。養蚕と藍玉の製造販売で父の仕事を手伝いながら商才を磨き、青年時代は北辰一刀流を学ぶために江戸に出て来ています。尊王攘夷が叫ばれる世の中の影響を受け、本人もすっかり攘夷派となってしまいました。村に戻り血気盛んな若者を集め、横浜にいる夷狄(いてき=外人)を成敗しに行こうと計画を立てます。高崎城を襲いこれを乗っ取り武器を奪い鎌倉街道を伝い同志を集めながら横浜に行き、外人を誅殺した勢いで江戸に向かって討幕を実行する。何とも凄い計画ですが決行直前、無謀だと悟って中止します。幕府も討幕の動きには敏感でした。すぐに探索が栄一の身辺に迫って来ました。身の危険を感じた栄一は京都に逃れます。

 

京都へ、江戸に、そしてパリ

 これが栄一の運命の分れ道だったのかもしれません。金に困ってフラフラしている時、一ツ橋家の重臣平岡円四郎が栄一の才能を認め仕官を薦めました。そこで栄一は何と百姓の身分でありながら、一ツ橋慶喜に自らの意見を聞いてもらえるならと条件を出しました。慶喜は喜んで意見を聞きましたので、尊王攘夷、討幕の志士は幕府を支える一ツ橋家の家臣となったのです。平岡円四郎は非常に優れた人で暗殺されてしまいますが、生きて慶喜を支えていたら日本の歴史は変わっていたかもしれません。間もなく一ツ橋慶喜は将軍になりました。そして栄一はパリに行くことになります。万国博覧会の日本代表団の随員に選ばれたのでした。
 その頃のフランスはナポレオン三世が皇帝で、江戸幕府を支援していました。イギリスは薩長を支援していましたので日本における英仏の主導権争いが密かに行われていた感があります。ナポレオン三世は初代の有名なナポレオンの弟の息子です。クーデターに失敗し投獄されますが脱獄、選挙で大統領に当選するなど数奇な運命の持ち主です。何と言ってもパリ改造をした事は特筆すべき偉業です。その頃のパリは糞尿まみれの汚い都市でしたが、それを綺麗な都市に改造したのがナポレオン三世です。彼は地主から土地を買い上げ住人を追い出し、区画整理をして大改造します。上下水道を整備し広い道路を作りました。そして高級分譲地として売りに出し元を取り大儲けしたのです。

役人から実業家に

 さてヨーロッパで学んだ栄一が帰国した時、日本では大政奉還が行われ将軍慶喜は静岡に引っ込んでいました。栄一も静岡に行き慶喜の下で藩の財政立て直しに力を注ぎました。暫くするとその仕事振りが中央政府の眼に止まり大隈重信(早稲田大学の創始者)に説得され新政府の役人に引っ張られます。役人生活は僅かに四年で辞めてしまいます。そして実業の世界へ足を踏み入れるのでした。最も有名なのは第一国立銀行(現みずほ銀行)の初代頭取に就任した事でしょう。他にも五百位の会社の設立にかかわったと言われています。
 王子製紙も渋沢の肝いりで作られたのですがその経営には非常に苦労しました。頼みの明治政府は抄紙局を設立し自前で紙幣用紙を作ったばかりでなく印刷用紙にも乗り出して来ました。しかし紙の中心は和紙で機械式大量生産を必要とするほどの需要はありません。ようやく政府の地租改正に伴い土地の私有が認められ、地券が発行されるようになり、その地券用紙の製造で一息つくことが出来るようになりました。そして1877年西南戦争が勃発、新聞が爆発的に発行されるようになって何とか紙が売れるようになったと言われています。このことはようやく印刷業(西洋式活版印刷)も発展したという事です。

 

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紙の歴史とよもやま話-7「宇佐八幡宮ご神託事件、道鏡の野望…そして明治時代」 

 百万塔陀羅尼が完成する一年程前の事、今の大分県にある宇佐八幡宮で「道鏡を天皇にすべし」というご神託が下ったと言うのです。本当か間違いないかと大騒ぎとなりました。そこで真実を確かめるため誰かを宇佐八幡宮に派遣する事になりました。指名されたのは和気清麻呂(わけのきよまろ)。自信満々で吉報を待つ道鏡、そして称徳天皇。果たしてその報告は・・・
 清麻呂はどのように奏上すべきか悩みに悩んだ末、次のようなご神託を賜りましたと言いました。「必ず皇緒を立てよ。無道の人はよろしく早く掃除すべし」。つまり道鏡を追放すべしと言ったのです。怒ったのは道鏡、それに称徳天皇。称徳天皇は清麻呂を今の鹿児島に流したうえ名前をキタナマロとしてしまいました。しかし道鏡を天皇にすることは諦めました。
 弓削道鏡は江戸時代の川柳に「道鏡は座ると膝が三つ出来」と詠まれるなどして、好色、絶倫のイメージが定着してしまいました。称徳天皇が崩御すると道鏡も失脚します。二人とも百万もの陀羅尼経を作ったのに長生き出来ませんでした。

 

浅草で生まれた「冷やかし」

 百万塔陀羅尼の話の以後は紙の歴史のうえでは特に目立った事件はありません。まあ江戸時代浅草の紙漉き職人が紙を水に浸けておく間に吉原を見物(見るだけ)することを“冷やかし”と言ったという話くらいがあるだけです。ただこの“冷やかし”は古紙の再生で浅草にはそれなりに業者があったことを示します。ついでに冷やかしの他にも吉原で生まれた言葉に“モテる”があります。一人の花魁(おいらん)にご指名が重なった場合、良い男の方に「持って行かれた」という事から“モテる”が生まれました。
 話は一足飛びに明治となります。そうです、わが国で機械による洋式の紙生産が始まった明治の時代に注目致しましょう。
 1870年(明治3年)百武安兵衛と言う人が伊藤博文と共にアメリカに行き製紙機械の買い付けを行いました。1874年元広島藩藩主浅野長勲(あさのながこと)が有恒社を設立しました。1875年には渋沢栄一が王子製紙を設立しました。百武の製紙会社はその後閉鎖され、有恒社は王子製紙に吸収されましたので、王子製紙は我が国の洋紙製造の歴史そのものであると言っても良いのかもしれません。

 

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紙と歴史のよもやま話-6「世界最古の印刷物か?」

 百万塔陀羅尼は世界最古の印刷物という事になっていましたが、「いや違う!」と思いがけないクレームつきました。お隣の韓国からです。世界遺産に登録されている名刹、仏国寺というお寺にある釈迦塔(石塔)の中から無垢浄光大陀羅尼経が発見されたのです。釈迦塔の建立は751年ですから百万塔陀羅尼より20年も古いのです。しかも則天文字が使われていました。則天文字と言うのは則天武后(中国唯一の女性皇帝)が作った新しい文字(17文字)の事です。三大悪女と呼ばれる程の人でしたので、その死後(705年)則天文字は使われなくなりました。従って発見された大陀羅尼経はそれ以前のものに違いないという訳です。かなり説得力があります。
 それに対して我が国の学者は反論しました。出来栄えが非常に良いので新しいものに違いない。それから則天文字は後世においても使われていた。その証拠に我が国の水戸光圀の「圀」は則天文字である。「この印籠が眼に入らぬか!」と気張ってみてもやや分が悪いようです。

則天文字の例
則天文字の例

 

則天武后の則天文字

 

 則天武后は凄い人で自分の生んだ子を殺して権力を手に入れたとされています。自分の生んだ赤ちゃん(当然皇帝の子)を皇后が見に来ました。勿論お祝いのためです。武照(則天武后の元の名前)はその場に立ち会いませんでした。そして皇后が去った後「赤ちゃんが死んでいる!」と騒ぎ出したのです。当然疑いはお祝いに来た皇后に向けられます。こうして皇后を失脚させ自分が皇帝と結婚し(まさに略奪)皇后となって権力を手に入れたのでした。実は時の皇帝高宗は結婚をためらいました。臣下の中に反対が多かったからです。しかし李勣(りせき)という臣下が「これは陛下の家庭の中の問題ですから我々に意見を聞く必要はございません」と返事をしたことで、高宗は武照との結婚を決意したと言われています。うまい事をいうものですね。で反対意見を言った者は次々と殺されています。
 そして武后は前皇后と皇帝のもう一人の愛人蕭淑妃(しゅうしゅくひ)を百叩きの刑に処し手足を切って酒壺に放り込んで絶命させました。その時、蕭淑妃が「死んでお前はネズミになれ。私は猫になってお前を食い殺してやる」と言ったとか。以来武后は宮廷で猫を飼う事を禁止しました。それから投書箱のようなものを作り密告政治を進め政敵を次々と殺したり、気分で元号を変えたり物凄い皇帝となったのです。恐ろしい話はいくらでもあります。

 

製作時期の特定が難しい

 

 さて10年ほど前、どちらが古いかの論争に終止符を打つような出来事がありました。韓国でその釈迦塔を詳しく調べたところ11世紀前半に納められたと書かれた文書が出て来たのです。  
 大陀羅尼経の最初の発見のきっかけは泥棒が釈迦塔の中のお宝を盗むため一部を壊したことによります。その時に大陀羅尼経を発見したのですが、しかしあまりの貴重品であり貴いものなので、バチが当る事(仏罰)を恐れ徹底調査しないまま石を元に戻し封印してしまったのです。ようやくもう一度よく調べようと言う気運が高まり調査したわけです。
 私見ですが大陀羅尼経の則天文字は、何百年もの間筆写されて来たものを忠実に印刷したので、元になる本(定本)にあった則天文字がそのまま残ったのではないかと思います。
 百万塔を作ったのは称徳天皇です。女性天皇で最初は孝謙天皇と名乗りましたが、一度引退して再度復帰して称徳天皇と名乗りました。このような事を重祚(ちょうそ)と言いますが歴史上二回あります。なお女性天皇は八人います。
 さて称徳天皇と言えば弓削道鏡(ゆげのどうきょう)を忘れてはなりません。道鏡は僧侶ですが不思議な力で称徳天皇の病を治しました。そのため称徳天皇は道鏡を取立て側近にすると、道鏡はどんどん出世し法王にまで上り詰めます。そんなある日とんでもない事件が起こりました。



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紙と歴史のよもやま話-5「クレオパトラ、パピルス、百万塔陀羅尼」

 パーチメントの開発後、百年程してからエジプトにはもう一人の世界三大美女クレオパトラが現れます。クレオパトラは父の遺言により弟のプトレマイオス十三世と結婚します。現代では兄弟婚など考えられませんが当時のエジプトでは普通だったようです。二人の間で権力争いが起きますが弟の方が実権を握りました。そこにローマのカエサル(シーザー)がアレキサンドリアに現れたのでした。クレオパトラはカエサルに会おうとしますが弟の監視の目が厳しく思うように行けません。そこで彼女は絨毯の中に隠れ、従者に持たせてカエサルの所へ行きます。スパイ映画を見ているような話です。絨毯の中から現れた美女クレオパトラ、息をのむカエサル。たちまち二人は恋に落ち子供まで作ります。
 クレオパトラはローマと手を組みエジプトの権力を手に入れようとしたのでした。一説によるとカエサルの前にポンペイウスに接近していたようなのですが、ポンペイウスがカエサルに敗れたためカエサルに乗り換えたらしい。その後カエサルはローマの元老院で暗殺されてしまいます。その時「ブルータスお前もか」と言ったとか。そしてクレオパトラはまたしてもカエサルの後継争いをしていたアントニウスを恋の虜としてしまいます。クレオパトラの物語は全く紙に関係がありませんので話を戻すことに致しましょう。

パピルスの消滅

 パーチメントの開発でパピルスの生産は打撃を受けましたが、それでも長きにわたって使い続けられました。何しろ紙の製法が伝わるまで千年も待たなければならなかったのですから。しかし紙の生産がエジプトで始まる(900年頃)とパピルスはすっかり姿を消し、その製法も全く分からなくなってしまいました。現在のお土産等で売っているパピルスは近年の研究と開発によって復刻されたもので、復刻には非常に苦労したと言われています。
 復刻されたパピルスを手にしてみると薄くて平です。真白ではありません。折り曲げると割れてしまいます。従って糸で繋げて丸めて保存しました。そこは木簡と同じです。しかしある程度の面積のあるものが作れましたし、木簡より軽いのでとても便利な書写材と言う事が出来ます。
 紙が中国から西方に伝わったのが751年のタラスの戦いによると申し上げましたが、その頃の日本に眼を向けてみましょう。

 

百万も印刷した陀羅尼経

 大仏開眼が752年、764年藤原仲麻呂(恵美押勝)の乱、769年宇佐八幡宮神託事件、そして770年百万塔陀羅尼完成。この百万塔陀羅尼は世界最古の印刷物として知られています。仏教に国の安寧を求めた称徳天皇が文字通り100万個も作らせたのです。十のお寺に十万基ずつ収めました。これだけたくさん作り奉納すれば御仏の功徳があまねく広がるであろうという訳です。木をロクロで削り上から見ると丸い形をした三重の塔のミニチュアです。直径10センチ、高さは22センチくらい。天辺の部分がくりぬかれていて、穴は相輪によって閉じられています。相輪を引き抜くと中は空洞になっていて丸めた印刷物(陀羅尼)が納められています。広げると幅4.5センチ、長さ15~50センチくらいの小さなものです。
 印刷は版画の技法が使われたのは疑いの無いことですが、版は金属か木材かの論争があります。木の版では擦り減ってしまうので金属による版を使ったのではないかと考える方が多いのですが、何と実際に木の版で印刷実験をした人がいました。繰り返し印刷した結果、充分耐久性はあるとの事でした。だから私は木版で印刷したと思います。印刷された陀羅尼は4種類、それぞれ二つの版で刷りました。これだけたくさん作っても幾つかの理由により現存するのは法隆寺にあるもの以外はごくわずかになってしまいました。

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紙と歴史のよもやま話-4「パピルスからパーチメントに」

 さてパーチメントの話をする前に唐の玄宗皇帝のお気に入り楊貴妃について。傾城の美女と言われる歴史に残る女性の話を致しましょう。
 楊貴妃に夢中になっていた玄宗皇帝には、もはや政の興味がありません。そして楊貴妃一族に対する優遇策は目に余るものがあり不満が増大し世の中も乱れて来ました。遂に安禄山という人が反乱を起こし洛陽を陥れます(安史の乱)。追い詰められる玄宗皇帝。とうとう都の長安を捨て逃げることにしました。不満はますます募り「こうなったのも楊貴妃のせいだ。楊貴妃を殺せ、さもないと我々は動かないぞ」という兵士の声が爆発。ついに玄宗はあれ程愛していた楊貴妃を殺す決断をしたのでした。哀れなるかな楊貴妃。これを機に玄宗は反撃に成功し長安に戻ります。
 唐の話はもう一つどうしても紹介したい話があります。それは孫悟空の物語です。紙の歴史とは直接関係はありませんがやはり面白いので一寸だけ寄り道を。

木の葉に経典を書き残す

 この暴れ猿は修行の結果何と絶対死なないという術を身につけてしまったので、乱暴の限りを尽くします。自らを『斉天大聖』と名乗り傍若無人にもお釈迦様の手の平の上で小便をひっかけ指に落書きまでしてしまいました。お釈迦様は悟空を懲らしめるため山の下敷きにして500年閉じ込めました。さすがは中国、話がデカイ。そこに通りかかったのが三蔵法師です。一緒に天竺に行くのなら助けてあげようと言って悟空を救い出します。こうして河童君、豚君、馬君とともに冒険の旅が始まるのでした。
 三蔵法師は玄宗皇帝の少し前の太宗皇帝時代の実在のお坊さん(玄奘三蔵)です。インドに仏教の経典を取りに行きました。その頃のインドには紙はありません。経典は貝多羅(ばいたら)という木の葉っぱに書かれていました。貝多羅は加工して木簡のように仕上げ文字を書き巻物として保存されていました。これを大量に持って来たのです。日本では大化の改新が行われた頃。多くの危険と困難に打克って唐に帰って来た三蔵は生涯を翻訳に捧げました。皇帝太宗はそのための建物を造り篤く援助をしました。翻訳は当然紙に書いたのです。この頃まで日本と韓国を除けば紙は中国だけのものだったのです。

経済制裁・・・パピルスを禁輸

 さてパーチメントの話を致しましょう。パーチメントが開発された(紀元前150年くらい)理由は分かっています。エジプトによる経済制裁がきっかけでした。話は古代エジプト、プトレマイオス朝の時代です。首都アレキサンドリアには世界一の大図書館がありました。何しろ寄港した船は本を全て提出しなければなりませんでした。写本をして図書館に納めるためです。実際には写本したものを船に「返還」したらしいのです。そうやって古今東西の貴重な文献を集めた大図書館の噂は地中海の向こう側にあるペルガモン国の大王エウメネスに影響を与えました。わが国にも立派な図書館が欲しいと思い立ったエウメネスはアレキサンドリアの図書館長をヘッドハンティングしようとしたのです。これに怒ったエジプト王はパピルスの輸出を止めてしまいます。まあ諸説あって真実かどうかわかりませんが、現代で言えば石油の輸出禁止のような事をしたわけです。困ったエウメネスが命じてパピルスに代わるものとして開発されたのがパーチメントと言われています。ペルガモンがその名前の由来になっています。
 パーチメントは非常に優れた書写材と言えます。パッと見ると全く紙のようです。柔らかく折り曲げられる。両面使える。そして厚くも薄くも自由に作れる。更に表面を削れば書き直しが出来る(その分偽造が簡単)。丈夫で美しく文句の付けようがありません。ただ高いのが玉に疵で、安い紙に人気が集まるのは仕方の無い事でした。

 

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紙と歴史のよもやま話-3「紙は朝鮮から日本へ、そして西欧へ」

 孫権は返書を曹操に送ります。それは紙でした。開いて見ると何も書いてありません。「これは俺への挑戦状だ!」怒った曹操はビリビリに破いてしまいます。無地の紙が宣戦布告状だったのです。これはあくまでも映画のシーン(物語)ですが、実際に紙が作られるようになってからもかなり長い間、木簡、竹簡は広く使われていたのです。映画で曹操が木簡、孫権が紙を使ったことに興味を持ちました。
 80万の大軍を率いた曹操は呉の孫権と赤壁の戦いに敗れ、これ以上を諦めて魏に引き上げました。諸葛孔明は軍師として大活躍したと三国志(正確には三国志演義)では語られていますが物語にすぎません。劉備もあまり活躍していません。実際に戦ったのは孫権の部下の周瑜(しゅうゆ)です。十倍以上の大軍を破った点で世界史に残る戦いとなりました。

 

和紙の生産が始まる

 さて中国ばかりに眼が行ってしまいましたが、日本に製紙術が伝わったのは610年、朝鮮の曇徴(どんちょう)が伝えたという事になっています。日本書紀に記録があります。朝鮮では相当早くから紙の作り方が伝わっていたようです。朝鮮の紙は日本と同じ楮(こうぞ)を原料の中心にしていました。かなり高品質の紙を作っていた可能性があります。
 604年聖徳太子が十七条の憲法を発布、「和を以て貴となす」で有名です。「和」は「やわらぎ」と読むのだそうです。三宝(仏法僧)を敬え。天皇の言う事は謹んで聞くように。そして役人は賄賂を貰うな、朝から夕方まで働け、サボるな、真面目にやれ・・・役人の心構えが多く書かれています。現在の憲法というイメージより役人心得帳のような感じです。
 小野妹子が隋に行ったのが607年。この頃海上交通がかなり発達していたようでした。だいぶ前から朝鮮との交流があったのではないかと思われます。このような時期に製紙法が日本に伝わって和紙の生産が始まりました。そして幾つかの改良が加えられ、やがて世界一とも言うべき高品質の紙が作られるようになるのです。
 ところで聖徳太子が十七条の憲法を出した時、何に書いて発表したのでしょうか。紙に書いたのでしょうか。その可能性はあると思います。既に輸入されていたと考えられるからです。もし紙が無かったらとしたら絹だったかもしれません・・・重要文書ですから。もしかしたら木簡だったかも・・・。残念な事にその当時の木簡は未だ発見されていませんが、一般の記録や命令はもっぱら木簡だったのではないかと思います。木簡はずっと長く使われました。

戦争捕虜が製紙法を

 その頃の中国では隋の時代が終わり唐が成立します。日本からは遣唐使が派遣されます。
“天野原振りさけ見れば春日なる三笠の山にいでし月かも” 有名なこの歌は唐に渡り玄宗皇帝に仕えた阿倍仲麻呂の歌です。仲麻呂は日本への帰国を熱望していたのですが、結局帰国は叶わず唐で一生を終えました。
 この時代に唐の西の外れで一寸とした戦いが起こります。紙の歴史では重要なタラスの戦い(751年)です。アッバース朝というイスラム教を奉ずる国と戦争が起こったのです。唐の将軍は有名な高仙芝。味方の裏切りで敗れてしまいます。
 この時の戦いで多くの人が捕虜(奴隷)となり、その中に紙を作る職人がいたことで紙の製法がイスラム圏に伝わりました。多少疑問のある話ですが一応定説になっています。そうして漸く紙がヨーロッパに拡がって行くのでした。紙は比較的早くにエジプトに到達しパピルスの生産は衰退してしまいます。しかしその頃パピルスに代わる書写材が既に開発されていました。

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紙と歴史のよもやま話-2「蔡倫の死と漢の滅亡」

 蔡倫は後漢の章帝に、そして章帝の死後は和帝に仕えました。章帝から和帝に政権交代が行われた時に重大事件が起きました。その事件とは次のようなものです。
 章帝の正室は竇(とう)皇后。竇皇后には子供が出来ませんでしたが、章帝の愛人(宋貴人)には子供が出来ていました。その子が皇太子となって次期皇帝が決まってしまいました。竇皇后は焦ります。新しい皇帝が即位したら女性としてのトップの座を追われ権力を失うからです。そこで一計を案じました。竇皇后は章帝の別の愛人(梁貴人)との間に出来た子供を密かに貰い受ける事にしました。そしてわが子のように育てるのです。
 ある日竇皇后が突然騒ぎを始めました。皇太子の母親(宋貴人)が呪いをやっていると。呪い=呪術の嫌疑を訴えたのでした。人形の胸に五寸釘を打ちこんで「死ね!」と言うあれです。呪いの儀式は反逆罪=重罪です。これは嫌疑をかけた方が圧倒的に有利で証拠となる人形を見つければ良いわけです。予め誰かに用意させておいて「あったぞ」と言わせるのです。要するにヤラセ=証拠のでっち上げです。非常に古典的なやり方ではありますがよく使われて来ました。

 

調査報告で出世

 皇太子の母親(宋貴人)は捕らえられ厳しく取り調べを受けますが冤罪だと激しく抵抗します。そこで事の仔細を調査すべく任じられたのが蔡倫でした。そして調査の結果蔡倫は、皇太子の母親は呪術を行っていたと報告しました(せざるを得なかった)。そのため皇太子の母親は死刑、皇太子も次期皇帝の座を失い、竇皇后の育てた子供が次期皇帝(和帝)となったのでした。まんまと竇皇后の策略は成功しました。この「手柄」によって蔡倫は大いに出世するのです。ところが和帝が亡くなると運命が大きく変わります。次の皇帝となった安帝に蔡倫の過去についてチクる者がいたのです。安帝は呪術の嫌疑で殺された宋貴人の孫だったのです。祖母殺しの恨みは蔡倫にむけられます。運命を悟った蔡倫は身を清め静かに皇帝の使者を待ちました。使者は宮廷に出頭せよとの命令を伝え、そして毒薬を差し出します。蔡倫は静かに毒薬を飲みました。出世の切っ掛けが自らの命を縮めてしまったのです。およそ七十年の生涯でした。
 このころから漢王朝は乱れて来ます。ますます宦官の力が大きくなって賄賂政治がはびこり、乱暴者の董卓(とうたく)や呂布が現れ漢は滅びてしまいました。そして宦官の末裔の曹操(そうそう)が出て来て中国の北東部を制定し魏を作ります。宦官の末裔と言うのもおかしな話ですが、その頃には宦官でも養子をとり家督の相続が認められていたのでした。ですから曹操はれっきとした「男」です。悪役として三国志演義(以下、三国志)には描かれています。

赤壁の戦いと紙

 曹操のライバル劉備(蜀)に仕えた諸葛孔明が天下三分の計を以て曹操を苦しめます。諸葛孔明は劉備が三回も訪問して来たので仕える事を承諾しました(どうやら本当らしい)。そこから「三顧の礼」という言葉が生まれました。他にも「死せる孔明、生ける仲達を走らす」とか「泣いて馬謖を切る」という言葉が有名です。孔明は最後まで蜀の繁栄に力を尽くします。三国志は物語(小説)ですから正しい歴史書ではありません。史実7割と言われています。
 三国志の中に戦いのハイライトとして、映画「レッド・クリフ」でも有名な赤壁の戦い(208年)がありますが、この映画の中にあった一場面に紙の歴史を物語る重要なシーンがあります。
 曹操が80万の大軍を以て孫権(呉)を攻めようとして、孫権のもとに書状を送ります。その書状は木簡でした。木簡とは木を薄く削り細長く仕上げ文字を書き、糸で結び合わせ丸めて保管するものです。ここから「一巻の終わり」とか「圧巻」と言う言葉が生まれました。読むうちに孫権は怒り木簡を叩き折りバラバラにして戦う決意を固め、返書を用意するのでした。

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紙の歴史とよもやま話-1 「漢の宦官 蔡倫」

さて、さて、お立ち寄り!

 

紙の仕事に従事して約半世紀となる当社顧問の加藤による「紙の歴史とよもやま話」シリーズが本日よりスタートします。全16回の長丁場となりますが、面白くて雑学が満載です。是非最後までお付き合いください!

 

それでは、始まり、始まり~!

 紙の作り方を確立したのは中国、漢の時代の蔡倫と言われています。彼は発明者では無く改良者であると歴史の本には書いてあります。詳しい解説があり証拠も示されていますが、私は学問的な話になるとどうも退屈で眠くなってしまいます。それより蔡倫という人物と時代背景に興味があります。漢、蔡倫、宦官と言うキーワードから歴史を見ると、秦の始皇帝から楊貴妃までの中国史は断然面白い。あまり面白いので紙の歴史とその雑学を書いてみる事に致しました。雑学ですから話は飛ぶし、何の役にも立たない四方山話ですがどうぞお読みください。
 中国で初の全土統一を果たしたのが秦の始皇帝。その後の混乱の時代を経て項羽と劉邦が激闘の末成立させたのが漢。司馬遼太郎等の小説でも有名になった漢成立の物語は“背水の陣”“四面楚歌”などの言葉が生まれるほどの、まさに歴史の名場面がいくつも登場します。蔡倫は漢の時代を生きた人でした。漢が滅ぶと三国志の物語=諸葛孔明とか曹操が活躍する時代へと移ります。そして紙の歴史では楊貴妃が玄宗皇帝をメロメロにした唐の時代までが最も重要なのです。

 

宦官は影の権力者に

 蔡倫は後漢の時代の宦官です。宦官とは男であって男で無い宮廷に仕える役人の事を言います。出世の為に宦官となった人と、宮刑(役人に対する罰)によって宦官にさせられた人がいます。なぜこのような人がいるのかと言うと、後宮(日本で言う大奥)に出入りする者としての役割があったからです。そうです宦官は去勢手術を受けた男性なのです。皇帝や皇后に仕え朝な夕なに身の回りの世話をしますので家族同然となります。必然的に影響力は大きく影の権力者になり得る存在でした。肉体の違いは精神のコンプレックスを生み結束力が強く、金や権力に執着したと言われています。権力の中枢にいたので宦官の物語はたくさんあります。
 宦官の中で最も悪名高いのは始皇帝に仕えた趙高(ちょうこう)でしょう。この人は「馬鹿」を作ったと言われています。趙高は始皇帝に仕える宦官で始皇帝が死んだとき傍にいました。そして遺言をねつ造し自分の言いなりになる胡亥(こがい)を次期皇帝にしたのでした。勿論自分の地位を維持したいからです。躊躇する胡亥に対し「断じて行えば鬼神もこれを避く」と言い放ちました。そして権力を握った趙高はある日、鹿を連れて来て「見事な馬だ」と言ったのです。趙高を恐れる人々は「馬だ、見事な馬だ」と言いました。「どう見ても鹿だろう」と言った者は皆あとから捕えられ殺されました。ここから「馬鹿」という言葉が生まれたと伝えられています。

 

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「水平開きノートⓇ」 オリジナルデザインで制作します

よくある中綴じノート と 水平開きノートの比較
よくある中綴じノート と 水平開きノートの比較
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オンデマンド印刷機をお持ちの方へ、耳より情報! 合成紙シナップス

シナップス活用事例
シナップス活用事例

オンデマンド印刷の付加価値を上げる「合成紙シナップス Synaps」(AGFA製)をご紹介いたします。 ビジネスのフィールドが広がります。 

 

是非一度お試しを!

 

 

製品の特徴(メリット)・活用シーン

 

▶特徴

  • シナップスは紙を全く使用していない100%PET(ポリエステル)ベースのレーザープリンター用合成紙です。
  • 紙ではありませんので水に濡れても大丈夫。
  • 紙に表面コーティングを行ったハイブリッドタイプの合成紙と比較して、高い引裂強度があります。
  • 加筆性も有り、鉛筆・シャープペンシル・ボールペン・マジック等で筆記することができます。シャチハタ等で印を押す事も可能です。
  • ポリエステルで出来ていますのでカードにした時にコシも有り、PETカードとして使用できます。
  • 商品の規格はXM135・230・300・450の4段階の厚さがあり、A4・A3・320x450の3サイズがあります。


▶活用シーン

  • エマージェンシーカードや社員証のように長期間使用するカード
  • 屋外に掲出するポスター
  • 水に濡れる生鮮食品売り場等のプライスカード 
  • etc

 

シナップスを活用した印刷会社様のコメント

 

実際にシナップスすを活用された印刷会社様から、活用後にコメントを頂戴しましたので、ここにご紹介いたします。

  • 会社業務:オンデマンド印刷機で名刺を作成
  • 活用実績:水に濡れる場所で業務を行っている企業の名刺用紙、並びに会員カードとして活用
  • コメント:「トナーの定着も良く、ベタ印刷も綺麗に出力できました。また、印刷後に角丸加工をすれば会員カードとして使えますし、裏面にバーコードも印刷したのですが、トナーが剥がれずに安心して使えました」

と高いご評価をいただきました。

 


商品使用時の注意点

  • 乾燥した環境ですと印刷後の静電気によりシート同士がくっついてしまったり、綺麗に重ねて積むのが難しくなったりしますので、出力後は小まめに配紙口より印刷後のシナップスを取り除き、断裁機の上に置くなど帯電している静電気が逃げるようにすると扱い易くなります。
  • 湿度が高い環境の方が静電気は抑えられますので湿度を45~60%に、室温を18~23度にして頂くのが理想です。
  • XM230までの厚さでしたら名刺断裁機でのカットも可能ですが、それ以上厚手のシナップスには適さない場合がありますので、都度お手元の名刺断裁機でテストして下さい。
  • 出力時に初期設定で印字するよりも管理者設定等で電圧を調整頂くとより良い印字結果が得られます。
  • シナップスXM135は一般的な紙折り機にて折ることができますが。厚手のXMを折るのは難しい場合があります。その場合は折り機を使い、折り目を付けることをお勧めします。必ず折りの山側が外側に来るように折ってください。折り線が交差する形での二度折りはお勧め致しません。折った後を強く押してあげることで折り目がしっかりとします。
  • シナップスXMはミシン目加工や穴あけ加工も可能ですので、2穴加工して油や水に濡れる厨房等のマニュアルにも使えます。


ご不明な点ございましたらお気軽にお問合せください。
ご質問お待ちしております。

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ツバキ文具店

ご存じですか?

鎌倉にある文具店兼代書屋のツバキ文具店を。

代書屋というと、運転免許試験所の近くで見かける行政書士事務所のことを思い浮かべる方も多いでしょうが、ツバキ文具店が行っている代書はそれとはちょっと違うのです。
持ち込まれる案件は、ラブレターだったり、絶縁状であったり……。それを本人に成り代わって、一から文面を考えて代書し、封筒、便箋、筆記具、書体、切手に至るまでこだわりをもって手紙を仕上げて投函する。

――家族、親友、恋人⋯⋯。伝えられなかった大切な人ヘの想い、

  伝えておかなくてはならない大事なこと。

  「あなたに代わって、お届けします」

2017年本屋大賞の第四位に選ばれた小説『ツバキ文具店』(小川糸 著/幻冬舎)で描かれているのが、この代書屋なのです。

主人公は、祖母(先代の店主)が亡くなった後に店を継いだ20代の独身女性「雨宮鳩子」。幼少の頃から、代書屋の跡継ぎとして祖母から厳しく仕込まれてきたのですが、それに反発して家を飛び出してしまい、この度、祖母の訃報を受けて8年ぶりに家に戻ってきたのです。本来は店を畳むつもりで家に戻ったのですが、本人の思いとは別の次元で物事は動いていき、結局、文具店を継ぐことになり、しかも代書屋までも……。

心の底がポッと温かくなるハートフルな物語が展開していきます。

4月14日からはNHK総合でドラマもスタートし、主演の多部未華子さんが好演しています。

(NHKの公式HPはコチラ⇒ http://www.nhk.or.jp/drama10/tsubaki/

この本を読むと、もしくはドラマを見ると、ペンを持って手紙を書きたくなるんですよね~、これが。
特にドラマでは、手紙を仕上げていく過程―ペンを選び、紙を選び、依頼人らしさがにじむように書体・筆跡を整え、文体を仕上げていく様子―がシーンとして描かれているので、見ていると、より一層私たちの”書き心”を刺激してくれます。

例えば第三話『けじめの断り状』では、こんなシーンが描かれています。
主人公/鳩子のモノローグが映像と共に流れます。
「男爵(依頼人/高齢者)の雰囲気には毛筆よりも太めの万年筆が合っている。インクは漆黒。紙は便箋ではなく原稿用紙を使う」
鳩子は心を整えて、男爵になったつもりで原稿用紙に万年筆を走らせる。
<ナレーション:友人からの借金の申し入れを断る内容の文面が読み上げられる>
書き終えてほっと息をつく鳩子。「男爵の心意気を示すために脇付をあえて付け加えた。『呵々』というのは、あはは…と口を開けて大声で笑う様子を表している」
そして封筒に切手を貼る。鳩子のモノローグが流れる。「金剛力士像の切手は500円。これでは払いすぎだけど、絶対にお金は貸せない…という男爵の強い意志を示すにはこれくらいのことはしていだろう」

どうです?
このこだわり。

原稿用紙に、太い万年筆で、漆黒の文字が刻まれていきます。
切手を貼ると、切手の中の金剛力士像がこちらを睨んでいる。

う~ん、手紙の世界も奥が深いですね~。
何だかステキですよね。

先日2月3日の「文の日」の記事の中でこんなことを書きました。
 
  ”想い”は文字だけで伝えるものではなく、紙にもペンにも乗るものです。
  受け取った方は、”ふみ”を通してあなたの”想い”を感じるのです。

『ツバキ文具店』を見ていて、改めてその認識を強くしました。

 

――そうだ、手紙書こう

紙のご相談はシオザワまで。

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印刷メディアの総合イベント「page2017」に出展!-②

ご協力いただいた4社の当社ブース内での模様をご紹介します。
各社の皆様、ご協力いただきまして、ありがとうございました!

各社のプリンターに関して、担当窓口をご紹介することもできますので、宜しければお問い合わせください。

 

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印刷メディアの総合イベント「page2017」に出展!-①

株式会社シオザワ ブースの様子
当社ブースの様子

当社は、昨年に続き「page2017」(2017年2月8~10日/池袋サンシャインシティコンベンションセンター)に出展しました。
今回も、デジタル印刷機関連企業4社(キャノンマーケティングジャパン株式会社様、コダック合同会社様、コニカミノルタビジネスソリューションズ株式会社様、リコージャパン株式会社様)とのコラボレーションが実現し、双方の立場からオンデマンド印刷市場の活性化を図って展示を行いました。

ハイブリッドペーパーのサンプル
ハイブリッドペーパーのサンプル

当社展示スペースでは、


▶オフセットおよびオンデマンド、双方の印刷に対応した用紙「ハイブリット・ペーパー(シオザワ・セレクション・ペーパー)」の紹介、並びにサンプルの配布。
▶日本初、HP社Indigo機向けの公認トリートメントセンター開設のお知らせ。
▶インスタントレタリングシートを活用したサンプルの展示。
▶紙の相談室の設置。

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日本初、Hewlett-Packard社の公認トリートメントセンターとして、当社で汎用紙へのプライマー処理サービスを開始!

HP社公認センターを証するプレート(画像)
HP社公認センターを証するプレート

当社は、2016年4月より国内で初めて且つ唯一となるHP社公認の「HP Indigo用紙トリートメントセンター」を開設しています。紙商社ならではの「豊富な用紙在庫」という特徴を活かし、用紙やカードボード紙など幅広い汎用紙へ、HP社の技術指導に則したプライマー処理サービスを行っています。

 

 

▶紙のトリートメントって何?

「髪のトリートメント」なら知っているけど、「紙のトリートメント」って何? 

用紙にプライマー(溶剤)処理を施すことで、Indigo(デジタル印刷機)で刷る際のインキの転写と定着が促進されます。さまざまなメディアの表面をプライマー処理することで用紙の多様性を広げ、性能を向上させることができます!

 

 

【4030プライマー処理サービスの特長】
 ・HP社の技術指導に則したプライミングを行います。
 ・紙の調達、プライミング、寸法仕上げ、発送までトータルで対応いたします。
 ・紙をご支給いただければ、プライミングのみにも対応いたします。
 ・インキの定着性がアップすることで用紙の選択の幅が広がります。

当社は紙の商社として、プライマー処理サービスのみならず、コーティングを施した「HP Indigo用紙」の販売を展開し、利用可能な用紙の選択肢の拡充を図ることで、アジア太平洋地域および日本のブランドや企業のデジタル印刷への移行と活用を支援して参ります。

お気軽にお問い合わせください!

 

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印刷の付加価値を上げる!「ハイブリッド印刷体感フェア」レポート-②

▶オンデマンド印刷の新たな可能性①


ハイブリッド印刷以外にはRICOH Pro C7100Sにてノーカーボン紙の印刷デモも行っていました。ノーカーボン紙は中用紙ですと通常は番手N50の厚さが限界なのですが、今回のオンデマンド印刷ではN40でミシン加工されたノーカーボン紙を連続で印刷していました。これは、RICOH Pro C7100Sが持つ用紙給紙時の左右からのエアアシスト給紙(エアピック式A3LCT RT5100)によるさばき効果に加え、新たに用紙上面をエアで1枚ずつ吸着することで用紙搬送がよりスムーズに行えるようになった結果だそうです。重送(多枚送り)や不給紙の発生を低減し、優れた用紙搬送を実現するとの説明でした。中用紙は通常の給紙ローラーで給紙すると紙にローラー跡がついてしまうのですが、エアで給紙するのでローラー跡も無く非常にきれいな仕上がりでした。もちろんオンデマンドプリンター自体のスペック以外にも紙の目方向もカール現象などで作業効率に関係してくるので、紙屋としてはこのあたりも今後さらに紙の知識を増やしていきたいと感じました。

 

▶オンデマンド印刷のあらたな可能性②

RICOH Pro C7100SではCMYKの4色以外にオプションで1色分追加ができます。ホワイトトナーとクリアトナー、ネオンイエロートナーの各色が使用できるようになっています。今回初めてネオンイエローのトナー出力サンプルを見ることができました。ホワイトやクリア同様ネオンイエローも黒系の用紙に映えるトナーですので、これらのトナーを活用できる用紙の提案も今後行っていきたいと思いました。

 


▶まとめ

ネット通販市場の拡大やユーザーニーズの多様化など、市場に存在するブランドの数は20年前の倍に増加しています。その一方で、縮小傾向にある日本の人口は2050年に1億人を下回ると予測されています。商品の多様化と縮小が進む市場においてのマーケティングコミュニケーションは顧客セグメントに対応したパーソナルな「自分事化」された情報提供へと移行していくと言われています。IoTによるデジタル革命で今後更にパーソナル且つデジタルな情報は増えていくことが予想されます。今回の「ハイブリッド印刷体感フェア」で紹介されたようなパーソナルな印刷物はまさに今後広がりを見せていくと思われます。その中で紙のもつ視覚的効果をオンデマンド印刷とうまく組み合わせることで、より差別化できるのではないかと思います。デジタルな情報が増えるからこそアナログな紙の良さが見直されています。今後も紙とオンデマンド印刷の相乗的な関係を築くために勉強を続けていきたいと思います。


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印刷の付加価値を上げる!「ハイブリッド印刷体感フェア」レポート-①

フェア配布資料より
フェア配布資料より

オンデマンド印刷の活用に関して理解を深めるべく、2016年12月5日に株式会社大塚商会様主催の「ハイブリッド印刷体感フェア」を見学に行きました。(in 東京都北区 リョービMHIグラフィックテクノロジー東京支社)
本日はその模様をレポートいたします。

大塚商会様では主にリコージャパン株式会社のオンデマンド印刷機の販売に力を入れており、今回のフェアでは、①オフセット印刷機、②オンデマンド印刷機の展示、並びに同機を使ってハイブリッド印刷した印刷物の紹介を行っていました。

▶ハイブリッド印刷とは?
「ハイブリッド印刷」とはリコージャパン(株)が近年積極的に提案している印刷方式のことをいいます。(『IGAS2015』や『page2016』の展示会では、当社も紙のサプライヤーとして協力させていただきました!)

【従来型】 「オフセット印刷 VS デジタル印刷」という構図
【進化型】 「ショートランに対応したLED-UVオフセット印刷機」と

      「可変印刷に対応したオンデマンド印刷機」がコンビネーションすることでより

      高付加価値な印刷を提案できるという考え方。(=ハイブリッド印刷)

今回のフェアでは、注文住宅を販売する会社(仮想)をモデルケースにして、ターゲットの新規顧客のセグメントに合わせて表紙はオンデマンド印刷機で顧客名等をバリアブルに印刷し、本文(不変内容)はLED-UVオフセット印刷機で印刷をし、合わせて一つのカタログに仕上げたという内容でした。

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文(ふみ)の日

2月3日って何の日?

そう訊けば大人から子供まで、まず間違いなく「節分!」とか「豆まきの日!」と答えますよね。
それが当社の社員に限っては、「えーっと、ふみの日でしょ…」と答えます。(のはず……)

実は……


当社では、紙に携わる企業の一員として、紙のすばらしさを手紙を通じて伝えていきたいとの想いから、毎年2月3日を「シオザワふみ(2、3)の日」と内規し、日頃お世話になっている取引先の皆様に対し、感謝の気持ちを手紙にしたためる活動をおこなっています。
社会全体が急速にデジタル化している中にあって、紙のもつ役割とすばらしさを私ども紙の流通商社が見直しそれを伝えていく。そして、そのことを通じて、お取引先の皆様との“こころ”の通った関係を維持し続けていくことを趣旨として、この活動をシオザワの文化として築いていきたいと考えています。

  
”ふみの日”に手紙を出すに当たって、ちょっとした社内のルールがあります。
・「手紙のマナー」に則って書くこと。(全文、主文、末文を意識して書くなど)
・封筒や便箋にこだわりをもつこと(換言すると、普段使っている社用封筒やレポート用箋などは使わないこと)
・2月3日に先方様に届くように投函すること。

社用封筒を使わずに出すものですから、手紙を宛てたお客様からは、「会社を辞めるのか?!って、びっくりしたよ」とのお声を後になって頂戴することもあります。。。(←実は、コレ、すごく多いです。笑)

紙屋らしく、ちょっと変わった紙を便箋として使う人も多いですね。
例えば、東京都内で出た間伐材から作った『東京の木の紙』を使ってみたり、石から作った『ストーン紙』を使ってみたり。はたまた「紙屋ならでは」になりますが、諸事情で販売しなくなった在庫紙を使ってみたりと……(イイ意味で再利用ですね)。

みなさまもいかがですか?
――手紙をしたためる

こだわった紙に、こだわりのペンで。

言いたいことは文字で伝わりますが、”想い”は紙にもペンにも乗るものです。

受け取った方は、「ふみ」を通してあなたの”想い”を感じるのです。


====はみだし情報====
当社でご用意できます。
▶東京の木の紙: 東京都内の間伐材を素材として作った紙。独特の風合いをもつ。

                          「地産地消型ペーパー」という新ジャンルの紙。

                           東京都で開かれた国民体育大会の賞状用紙としても使用された。

▶ストーン紙: 石を素材として作った紙。耐水性があり破れにくい。
        手提げ袋、地図など用途多数あり。

▶あなたのお気に入りの紙: あります!

 

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「オンデマンド印刷機の活用」座談会開催!その③

オンデマンド座談会の様子(写真)-3
オンデマンド座談会の様子

オンデマンド印刷に係わっている方々にお集まりいただいて「オンデマンド印刷機の活用に関する座談会」を開催しました。

業務を行っている人ならではの裏話や”アルアル話”が飛び交いました。迫真?!のレポート最終回。是非お読みください!

 

【座談会概要】
 ・テーマ: オンデマンド印刷の活用について
 ・日 程: 平成28年9月13日(火)

 ・場 所: 株式会社シオザワ 会議室
 ・参加者: 計8社(スピーカー8名+各社1~2名)

 

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「オンデマンド印刷機の活用」座談会開催!その②

オンデマンド座談会の様子(写真)-2
オンデマンド座談会の様子

オンデマンド印刷に係わっている方々にお集まりいただいて「オンデマンド印刷機の活用に関する座談会」を開催しました。

業務を行っている人ならではの裏話や”アルアル話”が飛び交いました。迫真?!のレポート第2回。是非お読みください!

 

【座談会概要】
 ・テーマ: オンデマンド印刷の活用について
 ・日 程: 平成28年9月13日(火)

 ・場 所: 株式会社シオザワ 会議室
 ・参加者: 計8社(スピーカー8名+各社1~2名)

 

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「オンデマンド印刷機の活用」座談会開催!その①

オンデマンド座談会の様子(写真)-1
オンデマンド座談会の様子

オンデマンド印刷に係わっている方々にお集まりいただいて「オンデマンド印刷機の活用に関する座談会」を開催しました。

業務を行っている人ならではの裏話や”アルアル話”が飛び交いました。迫真?!のレポート全3回シリーズ。是非お読みください!

 

【座談会概要】
 ・テーマ: オンデマンド印刷の活用について
 ・日 程: 平成28年9月13日(火)

 ・場 所: 株式会社シオザワ 会議室
 ・参加者: 計8社

                                 (スピーカー8名+各社1~2名)

 

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